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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
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 俺が以前に万博会場に行った時はベルナデットが一緒だったので、葡萄酒など酒の部門はほとんど見ず、試飲もしていなかった。葡萄酒で高値で取引され、重宝がられるのはポルトガルのマデイラ酒、スペインのマラガ酒、暑い国の品だ。フランスの葡萄酒はブルゴーニュ辺りのものを聞くくらいで、詳しく知らない。ドイツ連邦にだって葡萄酒があるのだから、わざわざ遠くから仕入れてまで楽しみたいと思わない。特に白の葡萄酒は暑い国のものより、ドイツの方が豊かな味わいがあると、好んでいる。暑い国の白は口当たりがきついと、俺は感じる。

 酒の蘊蓄や好みは人それぞれ。だが、この万博で金賞を取ったとなれば、話は違ってくる。メダイユを授けられるほどの葡萄酒を一度は試してみたいと望むのが人の情だ。

 アンドレーアスは、フランスの一部の地方の商工会議所が万博前から申し合わせて、葡萄酒の格付けに協力しようと決めた情報を得ていたらしい。開催場所に合わせて、出展している品々の半分はフランスの物産なのだから、フランス製品から金賞や銀賞が多く出るに決まっていると狙いを定めて、先物買いをしようと知恵を働かせている。

 巴里にまで来られない、フランクフルトや昴をはじめたとしたドイツ連邦の顧客たちに、新聞やカタログではなく、現物を見せるのだから、顧客が実際購入を依頼しなかったとしても、ちょっとした優越感を与える。

 商売人なら持ち合わせる嗅覚というものだろうか。

 各国の葡萄酒のコーナーを巡り、フランスの各地方のブースでの試飲を二人でしてみた。

「ブルゴーニュは前から評判があったが、フランスの南の方のボルドーの赤の方が好みかな?」

「だろ? 目を付けているし、今回はこっちが買いだと思っているんだ」

「輸送の問題は? 馬車は今時使わないから鉄道を使う訳だが、品質を損なわないようにしないと……」

 アンドレーアスは片目をつぶってみせた。

「ああ、牛乳と同じだったな」

 低温殺菌で、葡萄酒の劣化を防げるようになった。

「そうさ。それでも風味の点は気になるから、なるべく時間を掛けずにフランクフルトや伯林にまで持ち込めればいい。それで美味いと言ってくれれば良し、やはり葡萄酒は地元が一番と評してくれても良し。毎年少しずつでも試してみたいという客がいればなお嬉しい」

 巴里の市庁舎での晩餐会でも使用された銀食器、これは元々フランス帝室御用達の店クリストフル。銀食器もいいが、ドイツはドイツでマイセンの磁器がある。気に入られるかどうかは俺としては意見が出ない。

 じゃあ次とアンドレーアスが見ようと言うのが、バカラのクリスタル。これも以前から名は通っている。この会場からまた更に名を高めるのには違いない。

「これはいい。食器と同じで一揃えで幾らと紹介できそうじゃないか」

「あんたも商売が判ってきたみたいだな」

「おまえが一緒に教えてくれてるようなものじゃないか」

「確かに」

 ブシュロンやカルティエは、なんとも言えない。宝飾品はやはり王侯貴族が原石から吟味して注文する物だ。意匠重視の小物を見せて、ウージェニー皇后が贔屓にしている宝石店ですとブルジョワ層の気を惹くように仕向けられるかだろうと思う。

 それにあれもこれもと欲を出したらきりがない。知識の無い品にまで手を出しては失敗しやすい。

「宝飾品や香水は、あんたよりフロイライン・ハーゼルブルグに聞いた方が参考になるだろうなあ」

「当然だろう。俺は飾りなら軍服の肩に付ける星にしか興味がない」

「私服で洒落てみる機会だってあるのに、そこらへんは儀礼(マナー)を守る派で来ている、詰まらんな」

「付け焼刃でこの街の伊達男の真似をしてみたって、ボロが出るだけ。田舎者は田舎者らしく流行遅れにならない程度に儀礼を守っているのが身の為だ」

「難しいもんだ」

「自分が流行を作り出すと、自負がある奴だけが突飛な格好をできるようになっているものだ」

「フロイライン・ハーゼルブルグに会えるのなら、香水くらいは意見を頂戴してみよう」

 アグラーヤはもうこの街にいるのだろうか。

「フロイラインはもう巴里に到着しているのか、知っているのか?」

「ああ、巴里に滞在中だよ。ただローンフェルトさんのところの子守りだろう? ホテルでお留守番ばかりらしい。こちらからホテルに出向いて、ご機嫌伺いをしなくちゃいけない。

 そうなれば、あんたも同行してくれるだろう?」

「仕事とぶつからなければそうしよう。こちらも日程がある」

「あんたさえ良ければ、これから行ってみないか?」

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