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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
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 飲むと言っても酩酊するほど口にしない。コーヒーに風味付けくらいに(ブラン)(デー)を垂らして、気分転換だ。

 今日は土曜日の良い天気。アンドレーアスなら手紙をもらっていることだし、先ぶれ無しで訪ねていっても構うまい。あいつ相手なら気軽だし、飲みに行くのに気兼ねがない。

 ベルナデットの店は明日休みだ。毎週教会のミサに行っているのか訊いてみていないが、熱心に通っているかも知れないから、午前中は遠慮していた方が無難だし、それこそ安息日とこちらが説教されては、親しむのも(よこし)まであると罪悪感を抱いてしまいそうだ。きちんと連絡を取らなくてはならないな。

 アグラーヤにはどんな顔をして会ったらいいか、決めかねる。まずは同じく連絡を受け取っているアンドレーアスと会ってみて、彼の女の近況を知っているか、ついでに探ってみよう。

 自室に戻って、ベルナデットに明日の午後から公園の散歩に誘いたい、午後二時頃に伺うと一筆書いた。封をした手紙を、『ティユル』に届けるよう下働きの者に依頼した。

「大使館の皆さんはそれぞれお忙しい」

 下働きの者は慣れているらしく、小遣い銭を握って、澄まして急ぎ足で去っていった。俺の見えない所まで行ったらゆっくり歩き、外に出たら寄り道して、お返事をもらうのに時間が掛かったとか、道に迷った(『ティユル』は迷いようのない場所にあるが)とか言いながら戻ってきそうだ。もう少し駄賃を弾んでやれば良かったか。

 まあ、ベルナデットからの返事は今日中に届けはいいのだし、一応は検閲無しで出す便りのことなのだから、大目に見てやろう。

 アンドレーアスはアレティン商会で使う定宿に宿泊していると手紙にあったから、そこに行けばいい。この時間ならまだ出歩いていないだろう。行き違いになったとしても、こちらはまた巴里の街並みを観察がてら、歩き回って帰るだけだ。

 大使館の馬車ではなく、辻馬車を拾って、宿まで移動した。宿に入って、従業員に面会の用件を告げた。

「鍵を預かっておりませんので、お部屋にいらっしゃると存知ます。只今お声掛けしてまいりますので、お待ちくださいませ」

 ロビーの椅子に掛けて、新聞でも読もうかと手を伸ばそうかとしていると、アンドレーアスがやって来た。

「お早う。会いたいと便りをしたばかりで来てくれるとは思わなかったな、オスカー」

 起き抜けだったか、眠そうだ。

「面会を請う便りが一度に何通も来たから、片付け安いおまえからと思ってここに来た。ごゆっくりのご起床のようだが、朝飯は?」

「まだだ」

「遠慮なしに来てしまったから、おまえの都合が悪いなら時間や日を改める」

 欠伸を噛み殺しながら、アンドレーアスは俺を引き留めた。

「空戻りさせるのも気が引ける。今日は商談の予定が入っていないから、もう少し待ってくれるのなら、付き合おう、兄弟」

 上手く持ち上げてくれるものだ。それで機嫌を良くする俺も俺だ。

「待つのは平気だ。アンドレーアスが見込んだ品なら良品だろう。それらの話や商談の拡げ方の考えを聞きたい」

 アンドレーアスは目を瞬いた。

「ああ、そっちの話か」

「手紙にはそのことで会いたいと書かれていたんだから当然だろう?」

「いやあ、てっきりフロイライン・ハーゼルブルグのことかと」

 内心の乱れが顔に出たかも知れない。アンドレーアスが笑ってみせた。

「まあいい、今日は時間がある。あんたもそのつもりで来たんだろう?」

「ああ」

 もうちょっとマシな(なり)をしてくるから、ここで待っていてくれとアンドレーアスは一旦部屋に下がっていった。やれやれ、慌ただしい。のんびりと過すのにも手順が大事だな。

 しばらくして、アンドレーアスが先程よりは良い誂えの服を着て現れた。少しは見てくれに気を遣っているらしい。

「簡単に腹ごしらえをするから、飲み物くらい付き合ってくれ」

「そうしよう」

 アンドレーアスが大きな器一杯のカフェ・オレに、パンを浸して食べるのを、俺はお茶を飲みながら眺めていた。

 このカフェ・オレに使われている牛乳も、パストゥールとやらが考案した低温殺菌牛乳なのだろうかとぼんやりと考えた。文明の発達は有難い。近くに牧場が無くても、ふんだんに牛乳やクリームが使えるのなら便利この上ない。硝石を使って氷を作り、それで冷やしながら運搬しても大分保存が違ってくる。

 やはり野戦場で缶詰やら塩や酢で漬けた保存食、味気ないので変化を付けようと野草を摘んで彩りにする食事なんぞ続いたら、悲しくなる。

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