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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
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 翌々日の朝、食堂に降りていくと、既にシュタインベルガー大佐が席に着いていた。

「お早うございます、大佐」

「お早う、大尉。貴官に手紙が三通届いている」

「一度にですか?」

「そうだ。三通のうち二通は女性からだ。貴官、生真面目そうにしていて、隅に置けん」

 その口振りだと既に検閲済みだな。

「お手数を掛けてしています。有難うございます」

 検閲されて、礼を言うのはおかしなものだが、階級が上の相手に文句は言えない。誰からかは言わず、大佐は食事をするよう俺に促した。

 食事を終えてコーヒーが運ばれる頃、大佐は従卒を呼び、手紙を持ってこさせた。盆に乗せられた手紙の束を受け取った。差出人の名を見ると、アンドレーアス、ベルナデット、そしてアグラーヤからだった。アンドレーアスはさて置いて、ベルナデットとアグラーヤ、どちらから先に読もうか。

「家庭教師と巴里娘(パリジェンヌ)、双方とも是非とも貴官に会いたいとある」

 先に読んだとはいえ、楽しみを奪わないで欲しいものだ。

「恐れ入ります」

「その巴里娘、何者なのだ?」

「先日ようやく面会できた、小官の従妹です。母方の伯父が巴里で結婚していました。その娘です」

 何事も感情に入れないような大佐がコーヒーを味わいながら、言ってくる。

「情が移ると仕事がしづらくなる」

「それは……、心得ています」

 判ってはいるが、情は移ってしまった、お互いに。

「もう一方のご婦人は有力な商人の家の家庭教師だ。どんな事情で働いているのかは知らんが、粗略にも扱えんだろう。面倒は持ち込むな」

 名前から貴族出身と推測しているのか、ハーゼルブルグ子爵家の令嬢と知っているからなのか、俺には判然としないが、大佐は慎重そうに言う。これには苦笑するしかない。

「フロイライン・ハーゼルブルグは長い付き合いの友人です。今更発展も何もありませんよ」

「その言を信じて置くことにしよう」

 大佐は上品だか、棘のある言葉を掛けてくる。仕事に私情を差し挟むなとチクリチクリと繰り返してくださる。

 全く以てごもっともなので、相槌だけで答えるしかない。

 楽しみは取って置いて、アンドレーアスの便りから読むことにしよう。コーヒーを脇によけて、封を開いた。

 なんだ、アンドレーアスも俺に会いたいと書いてきているじゃないか。大佐も人が悪い。(プレヤデン)やフランクフルト、伯林の顧客向けの先行投資の為、売れそうと見込みのあるフランスやイングランド、アメリカ合衆国の品物を購買したいが、一緒に検討してくれるかどうか、万博会場の中で、ビールでもやりながら話さないかとある。俺に否やはない。問題は、ご婦人たちとの日程の合わせ方だ。

 急いでベルナデットの手紙を開いた。ベルナデットは、今度は観劇がいいとか、オペラ座近くのグランドホテルの一階にあるカフェが有名だから、一度入ってみたいが付き合ってもらえないか、家族の手前俺から誘った形で申し出てくれないかと、嬉しい内容だ。特にこの日がいいと希望は書かれていない。

 アグラーヤからは、雇い主のローンフェルト夫妻が子どもたちも連れて巴里見物に六月下旬に行くので、自分も一緒だ、会えたら嬉しいとあった。宿泊先はグランドホテル、アンドレーアスにも同様のことは伝えている、ローンフェルト夫妻から自由に行動できる時間をもらえるなら、ベルンハルト伯父の未亡人と会いたいと追伸に書き加えられていた。

 差し出し日から時間が掛かってしまったのは仕方がない。だが、今は六月下旬だ。ローンフェルト家とアグラーヤは巴里にもう到着しているのではないか。ベルナデットとグランドホテルのカフェに行ったら、アグラーヤと遭遇するかも知れない。

 いや、別に三人を交えて一緒に会食しようが、談話しようが、不都合はない。アグラーヤを『ティユル』に連れていくのだって、フェリシア伯母との付き合いがあったればこそ当然だ。

 せめてローンフェルト夫妻がもう少し先に来仏するよう予定を立ててくれていればと、銃の手入れでぼろ布の糸くずが部品に絡まり付いたような気分だ。螺子や歯車があっちこっちで耳障りな音をさせているような、どこから手を付けたらいいか、迷い、決められない。

 俺の知る人たちが顔を合わせる可能性、いずれ紹介しなければならない将来。全てはこれからの行く方有り得ること。気が重いのは単に俺の気持ちの問題。

 朝っぱらから、飲みたくなった。

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