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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
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 七月一日に万国博覧会に出品されている品物や産物の褒章授与式があり、それにプロイセンの王太子殿下が再来仏する予定になっている。その為に来仏、また以前より滞在を続けている各国の王侯や貴賓が巴里にいる。

 そういった重要人物のほかにもあちこちからの観光客でどこの宿泊施設も一杯だろう。万博会場周辺に急ごしらえの宿があり、カルチェ・ラタンには学生用の下宿、下町には労働者用の安宿があるが、入りこめるかどうか、今の巴里の様子では心許ない。野戦場よりはましといっても、前世紀と変わらぬ設えの場所では、古着ならともかく、自分用に誂えた服を持ち込んだら、同じ場所に住む者たちから不審を呼ぼう。

 ベルナデットが評してくれたように、グランド・ツアーに来た田舎(ユン)貴族(カー)の坊ちゃんが一人暮らしをしてみたいのを装うか、余裕のある学生の振りをして、ほどほどの長期滞在用のホテルを探すのがいいのだろう。万博中は難しいだろうが、涼しさが増してくる時期になれば好条件も出てくるだろう。急ぐまい。

 今月、六月も残り少なくなってきた。上旬の慌ただしさに比べたら、息の付き方が違う。殿下が巴里に着く前に、もう一度くらいベルナデットを誘って、どこかに行ってみよう。パレ゠ロワイヤルの辺りにはまだ行っていない。コメディ゠フランセーズでは今何を上演しているのだろう。

 日課になっている新聞の読み比べをしながら、劇場の公演記事にも目を通した。女性と行くなら、悲劇や重厚な作品よりも喜劇の方が喜ばれるだろうか。

 二、三件見当を付けた。

 昼間は立ちっぱなしで、歩き回り、その後ベルンハルト伯父の家族との対面と、気忙(きぜわ)しかった。報告書をまとめたら、一杯飲んで早いところ休もう。

 報告内容が多いから、箇条書きをしていくだけでも筆が進む。『ティユル』に全く触れずにはいられないので、自分との血縁関係や今後どう付き合っていくかの目算を書き込む。大砲や軍艦を陳列している会場に行かなかったと思い出しながら、食糧の増産・保存に役に立つ展示がある、世界は広く、外政に関して宗教や習慣の異なる民族との交渉をどう進めるかの研究は不可欠であると綴った。

 論旨が浅いかも知れないが、まずはこれくらい書き出しておけば後から再考を求められても自分自身の資料として不足はないだろう。

 新しい文化・発明を目にして想像は膨らむし、アンドレーアスに提案して手を拡げてみてもよい商いのタネがある。

 今の俺の職分は軍人で、諜報を担っている。投資とは視点が違う。ヨーロッパ各国の産物から、力関係や貿易への干渉をどうするかは報告するのみで、それをどう政治に判断するかの裁量は、俺にはない。

 ビスマルク宰相閣下に精々働いてもらおう。

 俺が指示できるような点はアンドレーアスに提案してみるさ。

 琥珀色の火酒をグラスに注ぎ、ふわりと漂う香りを深く吸い込む。この香りで気分が落ち着く。どんな琥珀の宝飾品の色や意匠よりも、今は一番心和ませる。灼け付くような熱さが口中から喉、胃の腑へと流れていく。空っぽでちっぽけな自分にも血が通い、生きていると感ぜられる強い刺激。

 酩酊と言われようと何だろうと、ふわふわとした感覚の中に漂い、己の血潮が冷たくないと知れる。上等の快楽だ。

 六月の上旬にプロイセンの国王と一緒に王太子夫婦が来仏していました。その後プロイセン国王は帰国。七月一日の万博の褒章授与式にプロイセン王太子が出席している史料が見えます。六月から巴里に居続けていたのか、再び来仏したのか、調べきれませんでした。

 ここでは、一旦国王と帰国し、授与式に合わせて再び巴里に来ることにしました。

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