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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
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「巴里に赴任してきて日が浅く、まだこの街には不案内です。万国博覧会でプロイセンから国王陛下や王太子殿下がいらして、その対応がありましたし、また、殿下が来仏する予定もあります。大使館の飾り物でも結構忙しく過しています。その合間を縫って、土地に慣れようと、あちこち散策しています。

 武官であっても、巴里の名士から招待を受ける機会があると上官から聞かされています。婦人同伴の席があると言われても、私は独身で、この街に親しい知己がおりません。ご迷惑でなければ、お仕事に差し支えない限りでいいのです。マ・クズィーヌと一緒に来ていただければ心強い。お願いできませんか? 勿論、準備に必要な物があるのなら、私が負担します」

 結局は正直に依頼した。承諾してもらえれば、いずれ二人で話もできる。

 マリー゠フランソワーズは俺の申し出に悪い気はしないらしい。返事はあなたに任せるわ、と娘に言った。

 ベルナデットは顎に指を当て、考え込むポーズをする。即答せずにゆっくりと俺の様子を窺った。

「そうですね、悪いお話ではないですね。立て込んでいる時期は無理ですけれど、できるだけ、モン・クザンのお仕事をお手伝いしましょう。こちらも女性が大勢いらっしゃる席に行けるのですから、お洒落な方の独自の工夫を見付けられるかも知れません」

 成程、ドレスのデザインが陳列されている場だと思えば、ベルナデットにも利用する気にもなろう。俺に興味があるが、母親の手前そんな返事をしたと、ここでは自惚れされてくれ。

「マ・クズィーヌではなく、ベルナデットと呼んでください」

「では貴女もモン・クザンではなく、オスカーと呼んでください」

 マリー゠フランソワーズが可笑しそうに口を挟んだ。

「“vous(貴女、貴方)”でなく、“tu(あなた、君)”を使って話したら? わたしや娘は少なくともあなたと縁があるし、娘はあなたを友人の一人と扱っているようなんですから。ねえ、構わないでしょう?」

 言われてみればその通りで、堅苦しい言葉遣いを続けているのは、気疲れする。

「ではそうしましょう。伯母上、ベルナデット、これでいいですか?」

「ええ、気楽にいきましょう」

「オスカー、と呼んでよろしいのね?」

 ベルナデットが母とは違って、おずおずと俺の名を口にした。ドイツ語の発音に近付けようとしているが、「オスカール」と聞こえる。お互いに慣れていくだろう。

「これからもよろしくお願いします」

 ラ・ヴァリエールの女性陣から夕食を一緒にと誘われたが、急に押し掛けたのだからと断り、店を出ることにした。全員が見送ってくれて、親族というより、お得意様のお大尽のような感じで面映ゆい。また来ますからと言えば、三人とも眩しい笑顔で是非いらしてくださいと返す。

「いずれ連絡します。またお会いしましょう」

「さようなら、また会う日を楽しみにしています」

 三美神に見送られ、俺は大使館へと戻った。

 戻れば戻ったで、報告をせねばならない。軍人の常だ。

「今日は戻らないのかと思ったよ」

 ハウスマン少佐が食堂で呑気そうに声を掛けてきた。

「それでも良かったかも知れませんね。そのうち、別にねぐらを探すつもりですから、今のところは真面目な駐在武官でいます」

 シュタインベルガー大佐は上品に、しかし、どこか皮肉を交えて言ってくれた。

「ここを拠点に諜報活動しても構わないさ。まあ、一々断りを入れたり、ここで変装したりするのが面倒と考えるのなら、貴官と参謀本部で取り決めてくれ。

 巴里でドイツ人やイングランド人に快適な部屋を借りるのは難しいぞ。下水道の大掛かりな工事はしたものの、元々の建物の持ち主が各部屋に水道や排水口を引く工事をしたがらない場所が多いそうだ。貴族やブルジョワ層、外国暮らしに慣れたフランス人の貸し部屋あれば楽だろうが、あるだろうかね?」

 水道はともかく、下水道が通っていない建物がまだまだある。そこは頭が痛い。しかし、野戦場よりはましだ。

「何も王侯貴族が利用するような宿に、滞在する気はありませんから、そこはよく考えてみますよ」

「善処は自分で」

「判っています」

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