十三
マリー゠フランソワーズが部屋に戻ってくるまで、ベルナデットと自分たちの容姿の話になった。
「リンデンバウムの祖父は亜麻色の髪をしていたそうです。私の記憶ではもう白髪で解らなくなっていたが、自分の髪の色を受け継いだのは母のマグダレナ一人。上の三人は祖母に似て、黒髪だったと言っていました。
祖母は私が生まれる前に亡くなっていたから肖像画からでしか知りませんが、黒髪で、父も黒い髪。だからなのかな? 顔立ちは母親に似ているそうですが、私は髪がこの通り黒い」
前髪を突いた。ベルナデットはさも残念だと言わんばかりだ。
「母は金髪でしょう? アンヌも少女の頃は金髪で、大人になっていくに従って、ちょっとずつ濃くなって、今は金褐色。ルイーズは大人になる頃、綺麗な金髪になるんじゃないかしら?
わたしは父に似たのね?」
「『グリム童話』にでてくるお姫様のようじゃないですか。黒檀のように黒い髪、雪のように白い肌、赤い唇」
ベルナデットは上目遣いでくるりと瞳を巡らした。
「『白雪姫』でしたか? あの話に出てくるお姫様も王子様も変わっている気がしますよ。いくら美人でも、継母の変装を見破れないし、小人たちの警告を理解できないおつむをしています。王子様は王子様で、小人とはいえ複数の男性と一緒に暮らしていた女性、それも何度か死にかけた女性をいきなりお城に連れ帰るなんて、相当強引」
手厳しさに笑うしかない。
「おとぎ話に世間体や真面目な結婚観を持ち出してきても仕方ない。それを言ったら『長靴を履いた猫』だって相当無茶しています。
子どもの頃はおとぎ話を怖がったり、楽しんだり聞いて育ってきました」
ベルナデットも苦笑して、肯いた。
「そう、たまに子どもを怖がらせようとわざと怪談話をしてました」
「ああ、そうそう。そんな経験がありますよ」
視線が合い、ベルナデットは気まずそうに俯いた。彼の女の気持ちを、お互いの心をほぐすには、とりとめのない会話を続けていて効果があるのかも知れない。しかし、女性はお喋り好きといっても、こちらの話題が尽きれば、ベルナデットに喋ってもらうほかないが、今の心境から朗らかにさえずってくれるだろうか。
「貴女のご両親のお話を伺えてよかったです。私の両親とは全く違います」
小首を傾げて、ベルナデットは顔を上げた。
「貴女とゆっくり過す時間が欲しい。お互い、もっと語り合う事柄があるように思います」
真直ぐに見詰めてくるベルナデットの目に肯定の意を感じた。手を伸ばして、彼の女の手を取った。拒まず、握り返してくる白い手。
「お待たせしました」
声が掛かり、ベルナデットは俺の手を離し、扉を開けに行った。お茶を淹れ直してきたマリー゠フランソワーズが入ってきた。マリー゠フランソワーズはテーブルに茶碗を並べていく。
「二人で話が弾んでいたかしら?」
何気ないマリー゠フランソワーズの言葉が鋭く刺さった。
「そりゃ勿論、わたしが先に見付けてきたんですから」
ベルナデットは母親に遠慮がない。マリー゠フランソワーズはだからといって、自分の部屋から出ていく気はないらしい。椅子に掛けて、のんびりと俺たちの様子を観察している。俺は声変わり前の少年ではないのだ。さて、どうやってこの女性の娘をこっそりと誘い出そうか。




