十二
「私は武官とはいえ大使館付きの人間です。いくら心惹かれた女性といえども正体を見定めないうちは用心しなくてはなりませんでした」
ベルナデットは口の端をわずかに上げた。
「わたしの正体が判ったのですから、もう心配はございませんでしょう? 従妹なのですから」
「ええ、仰せの通りです、マドモワゼル」
「お友だちとしてのお付き合いをするのなら、今後わたしに嘘を吐いていけません。これは約束です」
言質を取られて、約束までさせられる。ブルックもこんな調子で結婚の承諾と軍からの引退を引き換えにさせられたのだろうか。
女は怖い。だが、怖いのにいとおしく、側にいたいと欲するのを消し去れない、矛盾を抱えさせる厄介者だ。まずは素直を装い答えよう。
「ええ、約束は守ります」
ベルナデットは俺の答えに表情を和ませた。さて、安心してよいものか。
「信じていいのか、しばらくは貴方の言動を観察していなくてはいけないですね」
手強い言葉を、悩まし気な姿で言ってくれる。
「お手柔らかに願います」
「知りません」
つん、とベルナデットは横を向いた。女が「知らない」と言ってくるのは、男がすげなくしないと自信があるからだ。言わせておけばいい。俺が機嫌を取ってくると期待しているのなら、容易いものだ。
「貴女が許してくださらないのなら、やはり、お友だちより従兄妹でいた方がいいのでしょう」
ベルナデットはこちらに顔を向けた。
「お友だちよりも、“mon chéri”と心のどこかで思っていました。でも、もしかしたら、その方がいいのかも知れませんね」
“mon chéri”、「いとしいひと」とは意外な言葉を聞かされた。
「わたしを綺麗だ、美人だと褒めてくれた男性が、とんだ嘘吐きだったから、嘘吐きは嫌いなんです。貴方が嘘ばかり言うのなら、親戚づきあいに留めましょう」
ベルナデットは何気ない様子でさらりと言う。
伯父貴のようにこちらが心情を訴え続けなければならぬ頑なさを秘めているのだろうか。どこかフェリシア伯母にも似て、芯がしっかりしている。それでいて、フランス女性らしい、冷たく振る舞いながらも気を持たせるような、不思議な魅力を漂わせている。
「構いません。貴女が私を信じられると納得されるまで、従兄と呼んでください」
「わたしの我が儘を聞き入れてくださって有難う」
波風立てずに、彼の女と彼の女の家族とまずは付き合っていきたい。巴里の地理や市民の動向をさぐるにしても、この店は丁度いい場所だ。そして、何よりも、ベルナデットは巴里そのもの。いや、それ以上。彼の女こそがフランスを具現化する女神の名前、マリアンヌに相応しい。
ベルナデットが従妹で、そして彼の女が俺を“mon chéri”と少しでも思ってくれているのならさいわいだ。彼の女が俺を実際に“mon chéri”と呼んでくれるのなら、俺も彼の女を喜んで“ma chérie”と呼ぼう。