七
しんみりとしているところで、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
マリー゠アンヌが席を立ち、扉に向かう。
「あら、お客様がいらして忙しいのかしら?」
「ええ」
そう答え掛けて、マリー゠アンヌは首を振った。気持ちを仕事に切り替えている。
「いいえ、大丈夫ですわ、奥様。どうぞお入りください」
「予約無しだから、無理だったらいいのよ」
ベルデットとマリー゠フランソワーズは目配せをして肯き合った。
「ムシュウ、二階の母の部屋に場所を移しましょう。この場は姉とルイーズに任せます」
「商談のあるお相手ですから、席を移しますのでご遠慮なさらずに、どうぞお入りになってくださいまし」
「まあ、悪いわね」
少しも悪びれた様子の無い女性客が、勧められるままに入り、俺にちらりと視線を向けた。
「二階でも構わないでしょう?」
否やはなさそうだ。リンデンバウムの縁者と知れれば遠慮が薄れるか。
「判りました」
ベルナデットやマリー゠フランソワーズが盆に茶器を戻したのを俺が持った。案内され、場所を移した。マリー゠フランソワーズの部屋とやらに行き、そこの応接用のテーブルに盆を下ろした。ベルナデットが椅子を揃えてくれて、バラバラな椅子だが、皆で掛けた。
「お客様相手の仕事ですので、ごめんなさい。扉に閉店と表示しておくのを忘れていたから、お話が半端になってしまいました」
「いいえ、思い立って突然こちらに参った私も良くありませんでした。でも、機会を逃すべきではないと、軍人なもので、すぐに実行してしまいました」
「では、おあいこでよろしいでしょうか。お店の応接の場と違って私室ですが、店先ではどうしても往来から覗けますから、こちらの方が意外といいかも知れません」
と、マリー゠フランソワーズは落ち着いた微笑を見せた。小柄で繊細な容姿の女性。苦労を重ねてきているのだろうが、それが表面に出ない美質に恵まれているようだ。
「最初から母の部屋にお連れすれば良かったのよ」
ベルナデットはどこか不満げだ。
「あなたの話を聞いて、もしかしたらとは思ったのよ。でも勘違いだったら、私室にお招きするのは失礼だと、わたしだって迷いました」
「でも当たっていたんでしょう」
「そうね、ベルンハルトの甥御さんに会えるとは、夢にも思いませんでした」
娘とは対照的に、母は喜んでいて、それを隠さない。ベルナデットは自身が詳しく知らない事柄に置いてけぼりを喰ったような気分になっているのだろう。
「マドモワゼルに直接問いただしていいものか、私にも迷いがありました。
それに巴里に来ていながら、亡き伯父の奥様にご挨拶していない後ろめたさがありました。
訪問が遅れましたことをお許しください、伯母上、従妹殿」
マリー゠フランソワーズはにこやかさを崩さなかった。小さい頃から知っている縁戚の者を見ているように、或いは伯父の面影を俺に探すように、柔らかで心和ませ、包み込むような温かさで溢れていた。
「昔の話をしてもよろしいかしら?」
「奥様とベルナデットが良ければ、ぜひお聞かせください」




