六
「貴方はベルナール――、わたしはそう呼んでいましたのでつい口から出てしまいますの――、ベルンハルトの妹さん、マグダレナ様の息子さんですね」
遅れてマリー=アンヌがお盆を持って入ってきた。誰もが俺の答えを待っている。
「はい、私の母はリンデンバウム伯爵家の三女マグダレナ、父は商人で騎士爵を持つオットー・フォン・アレティンです。
元々カレンブルグでも陸軍勤めでしたが、プロイセン陸軍と一緒になり、この度巴里の駐在武官を拝命しました。
本来なら、真っ先に伯父の奥様でいらした貴女にお会いするべきでしたのに、先延ばしにしていました。申し訳ございません。知らぬうちにベルナデットやマリー=アンヌと出会っていました。どこかで繋がっているものがあるのでしょう」
ベルナデットは母や姉から何か言われていたのかも知れない。驚愕はないが、まだ半信半疑といった様子だ。
「そうするとわたしとムシュウは従兄妹同士になるのかしら?」
「そうです。私も先程まで全く頭になくて、貴女のきちんとお名前を聞いて、そしてお互いの顔を見比べて、思い当たりました。従兄妹かも知れない、早く伯母上にご挨拶しなければならないと、ね」
かなしそうな色が一瞬浮かび、ベルナデットは巧みにそれを隠した。
「アンヌが初恋の相手に似ているなんて言うから、わたしは冗談だと決め付けていました。そうでなければわたしだって気付いていたのに、悔しいわ」
――悔しい? 姉に対して、それとも俺に対して?
マリー=アンヌは落ち着いている。
「わたしが嘘でそんな大事な話をしないわよ。わたしはベルンハルトがお母さんに夢中だと知って大失恋だったのよ」
マリー=アンヌは昔話に感傷を交えず、お茶の準備を始めた。
マリー=アンヌの初恋?
「ああ、ムシュウ、母との挨拶も終わりましたから、お掛けになってください。
わたしとベルナデットは父親が違うんです。ですから、母とベルンハルトが出会った頃にはわたしも男性に憧れを抱く年齢になっていました。それでね。ベルンハルトは子どもの麻疹みたいな感情は気にしていなくって、母を選びました。当然でしょう」
「私は伯父と会ったことがありませんので、何とも言えませんが」
ベルナデットが口を挟んだ。
「アンヌとは“ma sœur”といつも言うんです。“ma demi-sœur”と言うと、母が違うと思われるのが嫌なんです」
判らないでもない。“demi”ではフランス語の半分の意味。半分血の繋がった姉妹と言われたら、年齢差からそう考えてしまう印象が出てくる。突っ立っていても疲れるだけなので、マリー=フランソワーズに先に掛けるように勧めて、座った。
「私は母を幼いうちに喪いましたし、アレティン家とリンデンバウム伯爵家の家柄の違いもあって、どうしても遠慮がちになってしまいました。ベルンハルト伯父の話は聞いていましたが、なかなかお知らせをできずにいました」
マリー=フランソワーズは咎める色もなく、肯いた。
「ベルンハルトが生きていれば連絡されるでしょうが、亡くなっていれば、思い出されることもないでしょう。仕方ないですわ。でも、フェリシア様がお亡くなりになった時に、お報せをくださいました。わたしは覚えております」
「はい、私が士官学校に入った年の出来事、十年ほど前になりますか」
「わたしにはカレンブルクの昴は遠い場所でした。それにリンデンバウム伯爵家に連なるご縁の方々がいらっしゃる中で居所がないだろうと、巴里でフェリシア様のご冥福をお祈りしておりました」
マリー=フランソワーズの選択は正しい。葬儀の場にいるからといって心底その死を悼み、祈っていてくれるかは別であるし、あの時俺は令嬢たちから珍しがられていた。葬儀の場でも、若さからくる華やぎが零れ出てくる娘たち。
マリー=フランソワーズたちが十字を切った。会ったことのない伯母を偲んでくれている。
フランス語の辞書で、“demi”を引くと「半分、半分の」の意味で、“demi-sœur”は「異父(母)姉妹」と載っています。




