二
俺は一呼吸置いて、語り掛けた。
「マドモワゼル、この後は真直ぐお帰りになるのでしょうか? それとも何かご予定がおありですか?」
「いいえ、今日は見学で歩きどおしですから、帰ります。母や姉には夕食を一緒に摂ると約束しておりますから」
「そうですか。ご自宅まで送らせてください」
ベルナデットはわずかに驚きの色を見せた。
「気になさらなくても一人で帰れますわ」
「いえ、私の気が済みません。ぜひお送りしたい。そして、貴女の母君にご挨拶したい」
ベルナデットは顎に手を当てる。考え事をする時の癖が俺と一緒だと、今頃気付いた。
「出資のことでしたら急がなくてもよろしいでしょう? それとも何か思い付かれたことでもおありなのですか?」
「ええ、先刻重要な事柄に気が付きました。それを貴女と、貴女の母君に確かめたい」
切迫した印象を与えてはいないと思う。だが、俺がふざけているのではないと、判っているはずだ。ふと首を傾げた。
「申し訳ないような気がするのですが」
「いえ、そこは気になさらず。まだ明るいとはいえ、ご婦人を一人で帰らせたとは私の面目に関わります」
軽口のように付け加えてみた。ベルナデットの唇にも笑みが浮かんだ。
「ではお願いします。送っていただけますか、ムシュウ・アレティン。送ってくださったからには、母や姉へ紹介しますからね」
「それは心得ています。私を礼儀知らずではありません」
俺の意図が出資だけなのか、読み切れないと、ベルナデットは嬉しそうでありながらも、どこか困惑交じりだ。
俺だとて不可思議な気分で一杯だ。だが、この気分を持ち越して過したくない。明らかにして、隔てを置くか、親しくするか、一考しなければならない。
同じ樹から伸びた枝でなければいい。
「持ち帰れるお菓子を何か見繕ってから、出ましょう」
ご親切に嬉しいわと、ベルナデットは朗らかだ。俺たち二人が似ていると、少しも感じなかったのか、感じても知らん顔をしているのか。ここで尋ねてしまうよりも、とにかくベルナデットの母親に会うべきだと、胸の内が焼け付く心地だ。ベルンハルト伯父の未亡人でなければそれでよし。もしそうならそれで、俺がリンデンバウム伯爵家の血を引く者だと明かしておいて、付き合っていった方がいいだろう。従姉妹かも知れない女性を下手に仕事に関わらせたら、申し訳が立たない。ある程度俺の為人を知ってもらっていれば、お互いに気が楽だ。
近くの店を二、三軒回り、手土産の焼き菓子と葡萄酒を購入した。配達もできますが、と店員が述べるのを断って、自分で持った。そんなに気を遣わなくてもとベルナデットが言い、軽い菓子の箱を持つと手を差し出すが、みっともない真似はできない。
混雑する万国博覧会会場のシャン・ド・マルス広場を出て、辻馬車を拾った。
行き先を問う御者に、俺はベルナデットに促した。
「コリゼ通り、ボンチュー通り手前の『ティユル』の店にお願います」
ベルナデットの言葉を御者に伝えて、俺は彼の女を馬車に乗せた。シャン=ゼリゼ大通りに直接面していないだけで、かなり立派な立地の店なのではないかと改めて思う。俺が下手に出資だ何だと申し出たら、幾らと言われるだろう。アンドレーアスに要相談の案件になるかも知れない。勝手に話を進めるなと小言を言われても仕方がない。これは必要経費と参謀本部に請求できる類ではない、俺の事情だ。




