九
突然の銃撃を喰らったように、大慌てに慌てた。
「マドモワゼル、マドモワゼル、私は失礼を言いましたか? フランス語を間違えていたのなら謝ります。私は貴女を褒めていたのです」
ポケットからハンカチを出した。ベルナデットは俺の手を押しとどめるようにして、首を振った。
「ごめんなさい、ムシュウが悪いのではありません。わたしがいけないんです」
「いいえ、貴女の気に障ったのなら、私がよくない」
「違うんです。嬉しかったんです。嬉しくて、つい。だから驚かせてごめんなさい」
周囲の視線を集めてはいないか? 目立ちたくない。俺は辺りを気にしながら見回し、ベンチを見付けて、そこに彼の女を連れていき、座らせた。まずは落ち着かせなければならない。ハンカチを渡すと、今度は受け取り、目元に当てた。
ベルナデットは魅力のある器量の持ち主だし、商売柄人あしらいに長け、本気が冗談かは別として、容姿についてあれこれ言われるのに慣れているだろう、恋の駆け引き上手のフランス女性だと勝手に決め付けていた。
俺の言い分に泣くほどの嬉しさがあると信じられないが、心の内は判らない。黒い髪が嫌とか、そういった悩みがあるのかも知れない。
もしかしたら男嫌いとか、この年齢だから辛い恋愛経験があったとか……、ぐるぐると詮無い想像が頭を駆け巡った。
いやいや、それならお話し相手だのお友だちだの言わないだろう。それとも将来の顧客と狙っての営業だったか。素朴で純情なのは子ども時代まで、人間したたかでなくては生きていけない。
女性の佇まいに騙されてはいけない。
だが、彼の女を、彼の女の言葉を真っ向から拒否しようとしてもできない。これがレヴァンドフスカの小娘あたりだったら、放って帰っているところだが、泣き虫娘の乳母のようにおろおろしながら、様子を見守っていた。
「有難うございます。もう大丈夫です」
やや震えの残る声で、ベルナデットは告げた。露の残る青い瞳。醜態を晒したと自覚して、済まなそうに顔を上げ、すぐに伏せた。
「驚かせて、本当にごめんなさい」
「ご気分を害したのかと、案じました」
「いいえ、信じていただけるかどうか、判りませんけれど、本当に嬉しかったんです」
ベルナデットはハンカチを握りしめながら、もう一度俺を見詰め直した。
「可笑しな女とお思いでしょうが、そう仰言っていただける機会に恵まれないで来ました」
「貴女程の女性がですか?」
「お仕事で挨拶がわりにお世辞を言ってくださる方々はおります」
お客あっての商売だし、布地やら何やらの取引先だってあるから、男性に対して全くの初心であるはずなかろう。
「ですから、仕事と関わりのない場でのお付き合いが少なくて、ムシュウの言葉が胸に沁みました」
今度は俺の方が瞬きした。貴婦人方の服を誂えるといっても、代金の支払いはその夫や父親たち、男性だから、働く女性への冷めた視線に耐えてきてもいるのかも知れない。
「貴女の良き友人でありたいと願っているのです。笑ってください」
「有難う」
ベルナデットは微笑んで、俺の頬に唇を寄せた。温かで滑らかな感触が一瞬だけで離れるのは残念だ。
彼の女は俺が顔に触れるのを拒まなかった。顎に手を添え、ためらいながら頬に口付けた。
「思わず口付けしたくなる程、貴女は魅力的だ」




