六
温室の中を歩き回って、昼時となったので、ベルナデットと外に出て、昼食を摂ることにした。
「イングランド風にローストビーフにしましょうか?」
「ヨークシャー・プディングを添えて?」
フランス人から言わせればイングランドやドイツの料理は田舎っぽいそうだが、凝り過ぎて変な食材が出てきても困る。何せフランス人がイングランド人を「牛を食べる」と揶揄する代わりに、イングランド人は「フランス人は蛙を食べる」と言う。
軍人は野戦場だったら、雑草だろうが、蛙や鯰だって食べるが、食堂でなら野趣に溢れた食材は勘弁してもらいたい。ゲルマン人は酸っぱいキャベツとヴルストだけを食べていると、ベルナデットが信じていたらもっと困るが。
「折角ですから、ご提案通りに普段と違う食事にしましょう」
ベルナデットはイングランド風を謳う店が近くにあると、看板を見付けて、教えてくれた。流石にイングランドは出店が多い。
店内に入り、席に案内された。メニューを見て、やはり無難そうなのはローストビーフだろうと決めた。ベルナデットもそれでよいといいので、早速注文した。
「イングランドの料理と言うと、鱈の干物を戻したものとか、プディングばかり連想してしまいます」
まあ、あちらは海産物の食材には事欠かない。ベルナデットは話を続けた。
「イングランドでは料理には手間暇かけないような先入観があるのですが、いつだったか、ノエルに作るプディングの話を聞いたんです。沢山の種類の果物の干したのを混ぜ込むし、お遊びの為にボタンだの指貫だのお人形を入れて、オーブンで蒸し上げて、本格的となるそれから一ヶ月半も寝かせておくって言うんですもの、お菓子に掛けてはどこの国にもこだわりがあるのだとつくづく思いましたわ」
クリスマス・プディングのことか。焼き上げた後に果物が発酵して旨みが出るらしいが、伝え聞くばかりで、俺は食べた経験がない。
「確か、プディングの材料を混ぜながら願い事をすると言いますね。
ドイツのシュトレンも果物の干した物やナッツ類を混ぜ、粉砂糖をかけたパン菓子で、やはり一月くらいの時間を掛けて食べていきます。その方が甘味や風味が変化するからそれを味わおうと。似て非なるクリスマスのお菓子です」
ベルナデットは面白そうに尋ねてきた。
「そのお菓子には一月六日の公現節のガレット・デ・ロワや、イングランドのプディングのようにお人形を入れないのですか?」
シュトレンに食べられない物を入れると聞いたことがない。それに指貫だの人形に気付かず食べたら、歯を痛めそうで、危険な気がする。
「入れません」
「では、切り分けた中に何が入っているかで、運勢を占ったり、その日の王様を決めたりのお楽しみがありませんね」
「占いといっても深刻になるのはいけないでしょう。カトリックの公現節で、切り分けたお菓子の中身で王様になれるかどうかはお祭りらしくて、楽しいのでしょうね?」
いいえ、と笑いながらベルナデットは首を振った。
「自分がなれれば一番いいんですけど、日頃から威張っていて意地悪な人が引き当てると大変です」
成程、遊びと判っていても、理由ができたとふんぞり返られたら災難そのもの。祭りも白ける。
「シュトレンのほかに、レープクーヘンという焼き菓子をアイシングで飾りを付けたり、大きめに焼いてお菓子の家を作ったりしていたのもあったかな」
「あら、上手に焼くのが難しそう」
「どう作るのかは知らないので、説明できないです」
お菓子の話をしているうちにスープが運ばれてきた。まずはいただこう。