三
「ムシュウ・アレティンのプロイセンのご自宅には温室はおありですか?」
「あります」
答えたものの、このところ屋敷に戻っていないし、温室に何があるか知らない。ディナスに任せたままだ。相変わらず家政婦たちが日向ぼっこをしながら編み物や縫い物をしているだろう。
温室に何があるのか教えてくれるのだろうと期待の目を向けるベルナデットには悪いが、とっさに嘘が出てこない。
「イングランド人のようにお茶会をしないので胡瓜は栽培していないです。多少鉢植えの花があるくらいです。あまり、庭や温室を花で彩ろうと気を遣う者が家にいないので、殺伐としています」
冗談交じりの話半分と聞き流してくれ。
ベルナデットは上目遣いで、瞳をくるりと動かした。これは呆れたのか、面白がっているのか。お道化た表情とこちらは笑っていいのだろうか。
ベルナデットは焦る様子の俺を見て、あらと左手で顔を隠す仕草をしてみせた。
「わたしったら、今変な顔しました?」
「いいえ、とんでもない」
「ムシュウは目を丸くしてました」
「その、こちらが変な言葉遣いで答えてしまって、貴女に誤解されたのかと不安になったのです」
「ムシュウのフランス語はお上手です。間違っていません」
「有難う」
「折角お持ちの温室を活用されていないのは勿体無いと思ったのが顔に出たと、こちらはどぎまぎした。
でも、安心しました」
力なく笑った。しっかり顔に表れていたと言わないでおこう。
「温室といっても、ここにあるものと違って、蒸気を使っていつも温かくできるようにできていません。やはり冬はそれ相応に冷えますから、特に栽培する植物を決めていなければストーブを持ち込みません」
いつも日が当たるようにしていても、それだけでは限界がある。
「やはり日光だけでなんでもできるのではないのですね」
温室を知らないだろうベルナデットは、何回か肯いた。昴より巴里は暖かくなるのが早いのだが、それでも秋や冬は寒いだろう。温室での日光浴に憧れがあるのかも知れない。雪中行軍もするが、好天の中の行軍や軍事訓練を繰り返してきた人間には、日光浴はしなくていい類いの休日の過し方の一つだ。日に晒されて、焼けて真っ赤になる分、きちんと屋根と壁のある場所で休みたくなる。
こんな比較は無意味と判っているが、やはり感じ取ることはそれぞれ違う。
俺とベルナデットは薔薇園を抜けて、大温室に向かった。
見上げるほどの高さの天井の大温室の中は、カレンブルクやプロイセンとは全く違う南国の緑が溢れていた。蒸気による熱気と人いきれの所為か、温室の中は蒸し暑さを感じる程だ。日差しの強さと温度湿度の違いが、同じ緑でもこうも色合いの鮮やかさもたらすとは予想しなかった。
蔦性の植物や見知らぬ樹木が植えられた、珍しい景色に目を奪われた。また、温室の暑さが成長を促すのか、夏や秋に実る果実を並べている場所もあった。メロンや葡萄が積まれ、試食を勧められた。
勧められるまま、果実を幾つか味わった。季節外れでも、充分に味わえるだけの甘味を有している。季節のものの方が味が濃いような気がする葡萄もあれば、そうとも言い切れない美味しい葡萄もある。季節を選ばず食せる商品としては値段が張り、食を道楽とできる余裕のある階層の贅沢品で、大衆に安価に卸すにはまだまだ改良の余地がありそうだ。
ベルナデットも美味しいと、葡萄を摘んでいた。
「不思議な気がします」
こうやって秋の果物を六月に口にしている素直な感想だ。




