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君影草  作者: 惠美子
第二十章 英国式自然庭園
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 入場して、イングラント様式の自然庭園に向かった。六月に相応しい緑と花の香りが大気に漂う。風が優しく頬を撫でていく。

 確か多く薔薇が植えられている場所が設けられているはずだ。二人で香りを辿るようにして、進んでいった。

 ああ、見事だ。イングランドで薔薇の紋章の一族が血で血を洗う争いをした末に、赤薔薇のランカスター家の血を引く者が王位に就いた歴史抜きで、この花の姿の多彩な豪華さと気品は人の目を見張らせる。

 感嘆を声に出さずに、ベルナデットはうっとりと薔薇の園を眺めた。わあとか、まあとか、大袈裟に振る舞って、美への感性を男性に強調しようとする女性が多いような気がするが、彼の女は違った表現をしている。

 そっと薔薇に手を伸ばし、触れるか触れないかのやさしさで、花を包み込むようにした。

「綺麗。この手に花の重みを感じます。瑞々しさと咲き誇る命の重さ」

「重さ?」

「花一輪でも重みがあります」

 ベルナデットは花に顔を寄せた。目を瞑り、深く息を吸い込んだ。クスリと笑った。

「ここら辺には香りが漂っているので、顔を近付けても、強く香りを感じない。鼻がおバカになったかしら?」

 と自分の鼻の頭をつついた。

「既に薔薇の香りに充ちているから、一つ一つはどうでしょう? 違う香りの薔薇があるかも知れませんがね」

「探してみたら面白いかも知れませんが、子どもか調香師みたい」

 どちらともなく、二人で微笑みあった。差し伸べた手に棘が刺さる恐れはなさそうな気がする。喧騒を忘れさせる緑と豊かな色彩に、心が浮き立った。

 左腕にベルナデットの右手を乗せて連れて歩くのではなく、腰に手を回したい、抱き寄せたいと欲している浅慮に気付き、恥じた。俺は礼儀知らずの下町の若造ではない。ベルナデットはそんな若造に釣り合うような下町女ではない。貴族でなくても礼節と知性を備えた女性だ。

 彼の女を征服したいのではない。彼の女を通して、巴里を知ろうと近付いている。性急な言動を慎み、不審を呼んではならない。

 俺はベルナデットではなく、薔薇を眺めた。

「薔薇の種類は東洋にもあって、植物学者や園芸好きが研究しようとしているそうですね」

「東洋の薔薇は、花の大きさや咲く時期が違うらしいと聞きました」

 好事家の手で花の色や花弁の形が様々に改良されてきて、ここでまた違う地の薔薇を掛け合わせたら、どんな薔薇になるのだろう。

「微妙な色の花が作り出されるでしょうね」

「青い色の薔薇が見られるでしょうか」

 青い薔薇――不可能の代名詞。ベルナデットは視線をずらした。

「様々な色合いの薔薇が作り出されようとも、薔薇は寒色の青よりも暖色がいいです。薔薇色の言葉で、人がどんな色を思い浮かべるでしょう」

 それもそうだ。

「もし青い薔薇ができたとして、それは空のような色かしら? 矢車菊のような濃い色かしら?」

「薄い色だと、これは青くないと言われそうですな」

「きっとそう言う人が出てきますよ。出来ないと言われているから、挑戦する人がいるのですもの。出来たと言われたら、本当かどうかと大変な騒ぎになりますね」

「自分が作ったものこそ本物だ、こんなものは認められない、いや、この研究の成果を検証してくれなくては困ると、ずっと論争が繰り返されそうだ」

 花の品種改良のみならず、人間は似たようなことを繰り返してきている。ワインやチーズの起源がどこであろうと、享受する人間は気にしないが、研究者はそれだけでは気が済まない。古文書やら遺跡を回って痕跡を見付け、論文で発表し、自説を認めさせたい。

 先人の学究の積み重ねから人々は知識を蓄え、仕事に役立て、社交で学のあるように会話をする。

 こうして魅力的な女性が隣にいて、男が何を思うかも古今東西変わらないし、これからだとて同様だろう。薔薇の話から、次はどうしようか。

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