一
六月十三日に雨が降った後、しばらく曇りが続いていたが、アンドレーアスに会った日にはようやく晴れた。このまま好天に恵まれるだろうかと、空模様を気にしていた。ベルナデットと再会を約束した日、窓から外を眺めて、安心した。晴だ。暑くならない程度に照らして欲しい。
シャン・ド・マルスの万国博覧会の、楕円形になっている会場の外縁に、カフェやレストランのほかに、庭園が設けられている。イングランドの様式である自然庭園の区画には、温室や植物園、水族館、鳥類園がある。前回は商売気を出して見られなかった場所を散策しながら、ベルナデットと語り合う算段だ。
店舗の『ティユル』に住んでいるかどうか明かしてくれなかったし、迎えに行くのも断られた。混雑する博覧会の入口で待ち合わせをして大丈夫か、見付けられなかったとすっぽかされる口実されるのではないかと、小波で水面に写る景色が揺れるような心持ちで、足を運んだ。
約束より早めに着いた。開場の時刻に合わせて時間を決めたのだが、随分と人が集まってごった返している。ベルナデットが来ているか、周囲を見回した。これだけ人がいて、見付けられるだろうか。
少し離れた場所に、ぽつんと、立っている女性がいた。まるでそこにだけ光が降り注いでいるように、目に入った。若草色の服と揃いの帽子に日傘で、辺りに気を配っているような姿。
俺は駆け出しそうになるのを抑えて、ゆっくりと彼の女に近付いていった。彼の女も歩み寄ってくる俺に気付いたようで、日傘をすぼめて、俺に向かってきた。
“Bonjour,Monsieur Aretin!”
ベルナデットは嬉しさを隠さずに声を掛けてきた。努めて俺は冷静に応えた。
“Bonjour,Mademoiselle Bernadette.”
ベルナデットの手を取った。
「ご機嫌はいかがですか?」
「上々です。貴女は?」
「ええ、元気です」
取った手に接吻した。
「お待たせしましたか?」
「いいえ。着いたばかりです」
見付けた時には日傘と帽子で顔が隠れていて表情が読めなかったが、佇む様子から早めに来てくれていたようだから、彼の女もこの日を待ち焦がれていたのだと信じたい。薔薇色の頬の少年少女ではないので、何を感じ、考えているかすぐに読み取れる単純さを失いつつあるが、こうして向かい合い、和やかさをお互いに感じ取っているはずだ。
「正直、心配でした」と、口に出した。
「まあ、わたしが来ないとお思いでしたか? 約束を忘れた振りをする女に見えまして?」
ひどいわと言いたげだ。
「ここは混みあいますからね、会えなかったらどうしようと」
素直に口に出してみれば、ベルナデットは俺を落ち着かせようとしてか、微笑を浮かべた。
「でもここで会えなければ、お店にいらっしゃったでしょう? 店の場所はだいたいご存知なのですから、下手な小細工をしたところで、意味がありません。ですから、お会いして、きちんとお話しようと決めております」
「私にも貴女にも、良い結果にまとまると喜ばしい」
ベルナデットは右手を俺の左腕に重ねてきた。
「お話の前に、会場に入って、お花や鳥を見ましょう。わたし、楽しみにしてきたんです」
俺を焦らすつもりなのか、それとも探求心の強さからか、前回のようにまた乗せられたかと、ふと思う。
それでもいいさ。再会早々、断られたら、ここまで出張ってきた甲斐がない。彼の女と二人、見物をしてから、その後の付き合い方を決めようじゃないか。




