七
絵画のブースを見終わって、フランスの衣料品や装飾品を見に場所を移した。レースは手作業よりも機械で編む方が現在は主流になってきた。一部は手作業をして飾ってみたり、巧みに機械を操ってパターン化されたレース模様を編み込んでみたりと、その場で実演し、販売している。同じように、扇子や帽子、靴のコーナーがあり、ベルナデットはどれも興味津々に見入っていた。
職人たちの機械や針を動かす鮮やかな手付きは、観ていて感心する。鍛錬し、道具を使いこなして、見事な出来栄えの品物が流れるように完成していく。それに満足した観客たちが興奮気味に、次々と買い取っていく。
俺は品物そのものよりも、職人が観客の注文の声にためらいなく、手早く作り上げていく過程に見応えを感じた。
技術は芸術につながる。
ベルナデットが観るばかりで、購入しないので、声を掛けてみた。
「気に入った品を買わないのですか?」
「そうですねえ、迷いますわ。それにスペインの扇子やイタリアのレースも見比べてみないと、決められません」
目が肥えているようだし、職業柄、異国の様式や流行が気になるらしい。イタリアのレースといっても、ベネツィアが共和国として隆盛を誇った頃の特産品のイメージくらいしかない俺には全く判らない。
「レースの良し悪しは私には判りません、マドモワゼル」
正直に伝えると、ベルナデットは申し訳なさそうになった。
「殿方には退屈な場所ばかりお付き合いさせてしまいましたわね、ごめんなさい」
「いいえ、これでも珍しい物を目にできたと喜んでいるのですよ。ぜひ、スペインやイタリアの衣料品や雑貨を見に行きましょう」
俺が本心から言っているか疑っているようだが、機会を逃したくないようで、ベルナデットは肯いた。
「ええ、行きましょう」
腕を組んで歩き続けて、――俺は平気だが――、女性はかなり体力をつかっているのではないかと心配になった。だが、そこは気の持ちようで、普段とは違う勉強の場と気が張っているらしくて、ベルナデットは好奇心を隠せない様子で、しっかりとした足取りだ。
イタリアの衣料品やレースを見たが、俺の目にはそれほど強い印象を与えなかった。高貴の人物の肖像画の装束にあるようなルネサンス期からのレースのパターンがあり、その進化の経過が順を追って目にできるといった感じだ。これはもう意匠の専門家にしか深い楽しみは味わえないだろう。俺には、レースは細工が細かいし、全て手作業の頃は大変だったろうとしか言えない。
南国らしく、鮮やかで明度の高い色の意匠は、陽光の恵みの少ないドイツと違っている。
スペインの扇の細工もまた面白く、薄く削った木にまた彫刻のように飾り彫りを入れて要で束ねたもの、骨に布地を貼って花々を書きこんだもの、色鮮やかなレースを折りこんで貼り付けたものと、様々だ。
ベルナデットが何本か手に取って、顔を半ば隠しながら、目配せをしたり、微笑んだりと、本人は随分と嬉しそうだ。
失礼にならなければ、彼の女に贈ってもいいのだが、申し出たら、どんな反応を示すだろう。こちらの懐は寂しくないので、高価な物をねだられても痛くない。先刻ベルナデットは、紳士に声を掛けられたからと舞い上がってお小遣いをもらえないかと計算を始めるような類いではないと言っていたから、安易に好きな物を買って差し上げると言葉を掛けたとしたら、機嫌を損じるのではないか。プレゼントを嫌う女はいないはずだが……、思い切って尋ねてみた。
「今度はお気に召した物がおありではないのですか?」
「どれもこれも素敵な扇子ばかりで、選べないくらいです」
良くできた返事にどう返そう。




