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君影草  作者: 惠美子
第十八章 祭りの始末
155/486

十三

 何人かが振り返り、周りを見回した。自分の側にそれらしい奴がいないと判ると、なんだと、また視線を戻す。

「そこの護衛の騎兵、拳銃を持った奴がいる!」

 耳に入ったか、それとも拳銃を持つ青年に見物客が気付いたか。悲鳴が上がり、青年の周りから人が退いた。

 護衛の騎兵はその青年めがけて、馬で乗りかかって止めよう沿道に入ってきた。

 だが、青年は引き金を引いた。

 銃声が響き渡り、鮮血が飛び散った。

 二発目の銃声が響いた。しかし、青年は拳銃を取り落とし、うずくまった。暴発か、慣れぬ武器で手を傷めたか。

 拳銃が手から離れたとみて、周囲の男性たちが青年を取り押さえた。

 馬車に目を移すと車上の方々は血だらけになっている。間に合わなかったかと、一瞬胸が締め付けられそうになった。しかし、ナポレオン3世が立ち上がった。

「我々は無傷である。我々は敵の銃弾の洗礼を受けたが、全くの無傷である」

 青年を止めようとした騎兵の馬の鼻面に当たったようだ。その血が周りに飛び散り、車上の方々に降り掛かったようだ。特にウラジミール大公が酷い。

 警備の制服組が集まってきて、青年を捕らえた。群衆に取り押さえられるだけで済まず、殴られており、警官が止めて確保となった。沿道の向こう側では、馬の鼻面から銃弾が飛んできたと頭を押さえている女性がいるらしい。

 ご用になった青年と負傷したご婦人を回収して、警官は連行していった。

 死者が出なかったことに、安心し、神に感謝した。あの青年はロシア皇帝を狙っての狙撃だが、続いてお出ましになる我らが国王に同じような輩がいては困る。

 巴里、いや、一気に沈んだフランス市民の気分の中から今すぐ続く者がいるとは思えないが、用心は大切だ。

 張り詰めた空気の中、押すな押すなだった見物客たちは葬式に来ているかのように静かになり、沿道にじっと立ち尽くし、或いは後ろに下がりしている。

 この分だともう不逞の輩はいまい。だが、ヴィルヘルム1世の馬車が無事にブローニュの森を抜けなければ、本当に安堵できない。

 狙撃騒ぎの為に、退去するまで時間が掛かったが、国王陛下と王太子殿下の馬車は無事に出られ、離宮に入られた。

 この報せを聞いて、強い酒を飲んで休みたいと心底思ったのだが、ロシア皇帝は怖い物知らずなのか、行動を控えて、予定よりも早く帰国したらと近臣からも、ナポレオン3世からも勧められたのにもかかわらず、「大したことはない」と、一切の計画変更無しとした。アレクサンドル2世が命を狙われるのはこれが初めてではない。それを無視するとは暴虎馮河と言わないか。

 今晩ロシア大使館での舞踏会を予定通りに行うと連絡が来た。準備を無駄にしたくないのかも知れないが、休んだらいいじゃないか。任務が早めに終わると期待した俺が甘かった。

 孔子は大航海時代にヨーロッパ人に知られ、その翻訳が十七世紀に出回っていたそうです。啓蒙思想の時代には読まれていました。フランス革命の革命家、サン=ジュストの書棚に『孔子伝』がありました。(『フランス革命の指導者』桑原武夫編 朝日選書)「暴虎馮河」は『論語』の中に出てくる言葉です。主人公が知っていた単語であるかはともかく、「無謀」とは違う印象の言葉であると使用しました。

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