十二
六月六日、良い天気だ。陽光眩しく、風はやさしく吹き、絶好の外出日和といえよう。ブローニュの森の中のロンシャン競馬場で、ナポレオン3世がフランス陸軍を集めての観兵式だ。
主催者のナポレオン3世、そしてヴィルヘルム1世、アレクサンドル2世と錚々たる顔ぶれがこの競馬場に一同が会する。
宮殿の中と野外に近い場所と、どちらがいいと言えないが、ここで騒ぎや混乱が起こったらとんでもないことになる。まあ、観兵式だから、兵隊だけは大勢いる。ここで騒ぎを起こすとしたら、余程接近しなければ無理だ。
君主たちの盾になるほど近くには、それぞれの護衛が貼り付いている。その間隙を突くのは至難の技。思い切って大砲を撃ち込むつもりでなければ害するのは無理だろうし、どんなに射程の長い銃を所持していても命中精度を考えれば競馬場の中にいなければならない。ぐるりと周囲を見渡せる場所の中に標的が居るのだから、射手が目立ってしまう。
それでも、招待されている貴族連中や見物客の間を縫うようにして、不審者がいないか、制服組と違い目立たぬ姿で、見回っている。
楽隊が高らかに行進曲を奏で、ナポレオン3世、ヴィルヘルム1世陛下、アレクサンドル2世が騎馬姿で陣頭に並び、ウージェーヌ皇太子、フリードリヒ王太子殿下、アレクサンドル皇太子とウラジミール大公が騎馬で続き、行進を始めた。歩兵がおおよそ二十大隊、砲兵隊と騎兵も併せて整列し、フランス皇帝の後ろをぐるりとついて回っていく。競馬場を一巡して、皇帝たちと皇子たちは中央に馬を寄せた。
フランス軍将校の号令で各隊が、演武を見せる。
頑張ってよく練習しましたと、いった印象だ。ダンスやバレエならお得意だが、体操や一斉に走って、止まって構え直すとなると、付け焼刃の感がある。それでも大きく動きが遅れたり、失敗したりはなく、終わりそうだ。
指揮に合わせて、各隊は整列し直し、君主たちに敬礼し、見送った。
観兵式が終わる前に、俺たちは競馬場を出た。帰りの道々で不審者――例の青年も含めてだが――が出てこないか、警戒に当たる。君主たちは儀式が終了して緊張を解いている。だが、君主たちが隙を見せても、警備の者が隙を見せてはいけない。
帰りの馬車が通る道の見物客に注意しながら歩く。
やがて、歓声が上がる。先頭を行く馬車にはフランス皇帝とロシア皇帝とその息子たちが乗っている。天蓋なしの馬車。
馬車は通り過ぎる。次は間を置いてプロイセン国王と王太子の馬車が通るはず。俺は競馬場を振り返り、またフランス皇帝の乗る馬車へ目をやった。見物客に怪しい者がいないかまた見直した時――、いた! 間違いない、あいつだ。昏い目でロシア皇帝を見詰めていた青年。
場所は前方。フランス皇帝たちの馬車が通ろうとしている沿道。走って捕まえられるか!
いや、右手をまた懐に入れている。右手は……。出した右手に拳銃。沿道から撃てば充分標的を害せる。
間に合わないと計って、大音声で叫ぶしかなかった。
「拳銃を持った奴がいるぞ!」
俺の叫び声が届くか。届いてくれ。




