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君影草  作者: 惠美子
第十八章 祭りの始末
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 そんなの判っていますよと、レヴァンドフスカは形良い唇をひん曲げた。

「王子様や王様のお目に留まったらと、誰でも夢は見ますけれど、お妃になれるのは王女様やそれと同格の家柄の大貴族。その他大勢の伯爵程度では目に留まるかどうかも心許なく、お目に留まったとしても良くて愛妾、悪くて遊び相手では、お伽話とは大違い。庶民のおかみさんの方がまっとうな暮らしをしていると見られるなんてイヤですもの。

 それに、あの方、フランス語が下手らしいのですって。ご挨拶しても、通り一遍の言上しかお話にならないし、それでいて自尊心は高くていらっしゃって、ツンケンなさってるってお噂ですの。

 フランスじゃ皇帝のお相手をした女性なんて別に珍しくもないですし、ここは外国なのですから気楽にしていらっしゃればいいのに、妙に気取っていらっしゃるって、悪口まで言われているんですよ。

 皇帝陛下の想い人になっても、周りに認められず、軽くみられるなんて、嫌でしょう。ハプスブルクの大公のお一人が、村娘と正式に結婚なさったなんて、奇跡のようですわ」

 あれは本当に皇位継承に縁のない大公の一人だから貴賤結婚が実行できた。

「ロシアのように領地が広い所の領主のお嬢さんですと、都会的で粋と評されるような振る舞いに慣れていないんでしょう。本国では皇帝陛下がお披露目していない存在であれは尚更」

 ルイ何世とかのモンテスパンやポンパドゥール、デュ・バリーといったような公式の場に立てる寵姫のような存在にしなくても、宮廷での地位を確立させてやらないと、自然に宮廷で孤立してしまうだろう。

「冒険してみたいと願っても、すぐに失敗しちゃう。この前もそう。人から言われると癪に障るけれど、自分が世間知らずの甘ちゃんだとよく判ります。

 でもね、あなたは面白い人だわ」

 癪に障る言われようだ。

「小官は貴女の暇つぶしに巴里にいるのではありませんよ。歴とした仕事があります」

 言うと、意外に素直に謝ってきた。

「ごめんなさい。でも、あなたをお見掛けすると、どうしても色々とお話したくなるんです。あの……、ボン・マルシェのこととか、お芝居の後のこととか抜きで……」

 既婚の有閑夫人ならともかく、独身で若い軍人の俺が未婚の伯爵令嬢のお話相手になれるもんじゃない。令嬢は結婚まで厳しく監督されて、純潔を持参金として結婚しなければならない。駆け落ちを経験したアグラーヤとは違い、この小娘の縁談はこれからだろう。世間体の為にも変な噂が出たら困るはずだ。俺が痛い目に遭わせたらそれこそ俺が責任を取らされるか、小娘が修道院に入るかになってしまう。伯爵家で騎士爵風情の婿は恥さらしだし、俺だって父みたいにとことん惚れ込んだ相手ならともかく、こんな何を考えているかすぐに判るような個性の薄い女と教会に並んで誓いを立てるなんて、首を括った方がマシだ。

「お話相手なら、もっと別のご令嬢か、お父上に頼んで教養のある侍女を身近に置くようになさったらいい。貴女を見ていると危なっかしい」

「テレーザは本を読むのが好きですけど、お話が退屈なんです」

 俺の知ったことではない。レヴァンドフスキ伯爵家の事情だ。

「貴女は与えられるだけでなく、自分で学ぶことを知るべきだ」

 学がある女は理屈っぽくて面倒だと評する奴がいるが、自動人形みたいに鸚鵡のような返事をしたり、指示待ちしている女ばかりじゃ鬱陶しい。控え目であるのが望ましいのは男の贅沢であるのは百も承知だが、自分で考えて意見を持っている方が、こちらも手応えがあり、仕事なり、生活なり共同でするのに楽だろう。

「そろそろ、お暇します」

 俺は席を立ち、レヴァンドフスカの手に接吻した。

「ご機嫌よろしう」

 礼儀に適ったしなを作って、別れの挨拶をした。

 ハプスブルク家のフランツ1世の弟のヨハン大公は、トプリッツ湖畔で出会った村の郵便局長の娘アンナ・プロッフルと愛し合うようになります。1829年に貴賤結婚をします。ヨハン大公は甥孫のフランツ・ヨーゼフの治世1859年に亡くなります。

 参考 『ハプスブルク家の女たち』 江村洋 講談社現代新書

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