九
レヴァンドフスカの手を取り、席まで連れていった。レヴァンドフスキ伯爵とその嫡男は席にいたが、小娘の言う通りデュ・シャトレーともう一人見知らぬ仁と話し込んでいた。
「只今戻りました、お父様、お兄様。お知り合いを連れてまいりましたの」
「おお、これはご機嫌よう、大尉」
「ご機嫌よろしう、レヴァンドフスキ伯爵。ご令嬢のお招きでこちらにまいりました」
「落ち着きのない娘で申し訳ない。少しここで一服していきたまえ」
「お言葉に甘えます」
伯爵や嫡男の表情からして、レヴァンドフスカは宿へ送っていった後の一件を言い付けてはいないらしい。泣きついていたとしても、こちらの有利は崩れないと踏んでいたから、怒鳴られようとも冷静に切り抜けられる心積もりはあった。
俺はレヴァンドフスカを座らせ、椅子を持ってこさせて座った。差し出されるアルコールを断り、給仕へコーヒーを頼んだ。
「お飲みにならないの?」
「飲む気になりません」
席に着いて、ふと周りを見回した。ヨーロッパ以外の国の服装をした人々もちらほらと見える。
離れた席に日本の公子とそのお付きがいる。気の毒に、小さな公子は眠そうで、お付きにもたれている。本当に眠っているのかも知れないが、横になれず、声を掛けられたら、すぐに応対できるようにしているのだろう。
「日本や清の服は面白いですね。ヨーロッパとは仕立てや着付けが全く違うようだ」
「今は清からよりも日本から生糸を仕入れていると聞いていますわ」
ここら辺は流石に投資をしている者の娘と言うべきなのか、それとも単に布地の産地を気にしているだけと言うべきなのか、判断し難い。
「大尉は万国博覧会をご覧になりました?」
「いいえ、まだです」
「どうしてもフランスやイングランドの展示品が会場の多くを占めてしまいますが、日本や清の展示も面白かったですよ。
日本の服を着た日本娘がお茶を点てくれたり、お酒を注いでご馳走してくれる場所がありました」
こうやって楽しそうに喋っている分には素直そうだが、側に父と兄がいるから大人しいだけだろう。
「貴女のお話を聞いていると行ってみたくなりますよ。仕事が一段落着いたら行ってみようと思います」
「お仕事はいつまで忙しいのですか?」
「さあ、それは小官が決めることではありませんから何ともお答えし難い。少なくとも今月は国王陛下が巴里にいらっしゃるのですから、暇にはならないでしょう」
レヴァンドフスカは詰まらなそうに唇を尖らせた。暇を持て余していても、小娘を引率して物見遊山はしたくないぞ。
給仕がコーヒーを持ってきた。給仕の去る方向に目を向けると、ストロゴフスキ伯爵とゴトルーコヴァ公爵令嬢の姿が見えた。相変わらず、あの駐在武官は皇帝の愛人を連れ歩く為に使われている。
「あのロシアの公爵令嬢のお噂は聞いていまして?」
レヴァンドフスカは嫌な物を見てしまったように俺に言った。
「ああ、知っている。
むしろ貴女のような方が知っているとこちらが驚くくらいですよ」
深窓の令嬢が知っているのだから、もう秘密でもなんでもないな。皇帝陛下は隠すつもりはないらしいが、まるでゴトルーコヴァ公爵令嬢が見世物だ。
「好奇心は猫をも殺すと言いますから、貴女も軽率な言動は取らないでいなさい。紳士も労働者も男であるからには、女性をどう見ているか、似たり寄ったりですよ」
世話焼きの乳母やシャペロンみたいな説教を俺がしている。滑稽だな。




