八
「お互い名乗りをしていませんね」
「しないままでよろしいじゃないですか。また仕事で会うのなら、その時にしましょう」
「そうしましょう」
社交辞令でこの場を終えようとしている所に、闖入者が現れた。
「ご機嫌よろしう、アレティン大尉」
うるさい小娘め。
「これはマドモワゼル、ご機嫌よろしう」
俺は無表情だったが、ご同業者は実にフランス男らしかった。
「これは隅に置けませんな。このように麗しいお嬢さんにお声を掛けていただけるとは羨ましい」
俺は口角を下げるような表情をしたと思う。アトリウムを見下ろす露台から飛び降りて逃げ出したら、小娘は飛び降りて追い掛けてくるだろうか。それとも階段を走って降りてくるのか。
ご同業者は紹介して欲しそうだが、こちらは相手の身分も名前も知らない。フランス男は隙のない目付きでレヴァンドフスカを観察した。ほんの小娘と見て取ったようで、おどけてみせた。
「ご機嫌よろしう、込み入った話をしていたところで申し訳ない」
「あら、わたしには聞かせられない、秘密のお話ですの?」
「ええ、私どもはそれはそれは大事な国家の秘密をお話していたのです。ですから、お嬢さんには聞かせられませんし、ここで私たちが顔を合わせていたのも内緒にしていてください。絶対に誰にも喋ってはいけませんよ」
レヴァンドフスカは冗談と受け取ったようだ。エスプリの利いた会話と笑った。
「残念ですわ。全て秘密となれば、ご紹介してもいただけませんのね」
「ええ、ここではなく、別の相手からご紹介をしてもらいます。
すぐ後でお会いできると思いますから、今はご機嫌よろしう」
ご同業者は恭しく、お辞儀をしてその場を去っていった。ロジェフスキは横目で俺を見た。
「小官たちも移動しましょうか」
と、声を掛けるとロジェフスキは肯いた。だが、すかさずレヴァンドフスカが割って入ってきた。
「わたしを無視するのですか?」
やれやれ、厄介な相手に見付けられたものだ。怖い目に遭わせてやったのに懲りないのか。いっそ痛い目に遭わせてやろうか。
「先程のご仁も言っていったでしょう。秘密なのですから、小官とここで会わなかったことにしてください」
「もうお話は終わったのでしょう。わたしを放っていくおつもりなのですか?」
「ええ、お父上か、兄上がいらっしゃっているのでしょう? お連れがいらっしゃるなら、小官ごときが伯爵令嬢のお相手をすべきとは思えません」
「勝手に決めないでください!」
くっくっくと、ロジェフスキが笑った。笑いながら、なだめるかのように片手を上げた。
「済まん、つい……。俺も話は終わったからいいよもう、後でまた、な」
「いや、こちらも護衛の仕事がある」
「大丈夫、皆、控えているし、貴官が勝手にここから抜け出すのでなければ構わないさ。
お嬢さん、失礼。私のことも内密に願います」
ロジェフスキは意地悪い笑い方をして、俺を残してアトリウムへ降りていった。
「改めて、今晩は、レヴァンドフスカ伯爵令嬢」
不機嫌を隠さず、俺は言った。戸惑いを見せ、すぐに態度を改めてレヴァンドフスカは言った。
「ご機嫌よろしう、アレティン大尉
父と兄が別の方とお話に夢中になっていて、退屈なのです。少しの間、お話相手をしてくださらないかと、お声を掛けたのです」
「男性同士が話している時に割り込んでくるのは感心しません。淑女の嗜みに欠けますよ。
まあ、飲み物を一杯飲むくらいの時間ならお付き合いしましょう」
黙って座っていれば見目良い女性なのだから、鑑賞するくらいなら我慢できるだろう。




