七
プロイセンの陸軍大尉の姿でテュイルリー宮殿に紛れ込む。本来の姿なのだから、まだ気が楽だ。
王太子殿下やゴルツ大使たちの席を確かめ、シュタインベルガー大佐の席へ近付いた。大佐が気付いて合図をしてくれた。
「ご苦労」
手短に報告を伝えた。明日、国王陛下がいらっしゃるのだから、危険は排しておきたい。たとえあの青年の目的がロシア皇帝でも、プロイセン王家、ひいては君主制そのものに累を及ぼすようになったらたまらない。
「明日、駅からの道筋は決まっているが、混雑を避ける理由で公表していない。こちらの警備はフランス側と併せて、問題はなかろう。だが、一緒に招待されている行事には用心するしかない」
ロシアはクリミア戦争で、イングランドとフランスに敗北したのだから、民衆から気の毒がられたとしても、憎悪で迎えられてはいない。憎まれるとしたら、ナポレオン3世を虚仮にしたプロイセン王国、それも宰相閣下本人だ。明日以降は巴里市民の反応が気掛かりになる。
俺は宰相閣下の護衛を命じられていないし、近衛兵でもない。無責任な立場だが、一応はプロイセン王国やヴィルヘルム1世に忠誠を誓った身、これ以上帰属先の混乱はごめんだ。
ロジェフスキは文官の服装でここにいる。さり気ない様子で、お互い今日の見聞を報告し合った。
「貴官の見掛けた青年は多分、俺も見た。右手を懐に入れてはいなかったが」
これは相当不味いかも知れないと、ロジェフスキは呟いた。警告した方がいいかどうか。
「警告するとしたら、どちらの国にですか?」
「さてな」
ロジェフスキは周囲を見回してみた。
「丁度いい」
顎で示す先に、フランスのご同業者がいた。ロジェフスキは目に付くように合図をして、愛想よく歩み寄った。
「ご機嫌よう」
ご同業者もにこやかに、そして貴族らしい尊大さを見せながら挨拶してきた。
「ご機嫌よろしう」
こちらはそれ相応にへりくだった挨拶を返した。
「大変な盛況で素晴らしいですね」
「ええ、これも皇帝陛下のご威光の賜物ですよ」
当たり障りのない会話をして、周囲を窺った。
「それで?」
ご同業者は尋ねてきた。
「私と大尉で、ロシア皇帝を尾行していた際に気に若い男を見掛けているのですが、そちらではお気付きで?」
「いえ、今の所、私は見掛けておりませんし、報告も受けておりません」
「思い過ごしならいいのですが……」
俺が先刻オペラ座付近で目撃した様子を詳しく伝えた。ご同業者は動揺を見せなかった。
「庶民一人の力では何も成せません。団結して向かって来ればそれこそ革命の頃のように、我々は成す術がないですが、名も無き者一人を押さえつけるのは簡単です」
自信があるのか、虚勢なのか。警告はしたのだ。どう活用してくれるかは、相手次第。こちらはこちらのすべきことを成すだけだ。