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君影草  作者: 惠美子
第十七章 喜劇は続く
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 ヴァリエテ座の混雑の中から大使館へ戻り、一休み。朝、というよりやっと暁の女神が姿を現しはじめた頃合いに、大使館の宿舎管理の職員に起こされた。

 エリゼ宮の清掃係にプロイセン側に情報提供をしてくれるよう、抱きこんだ者がいる。その者が連絡しに来ているとの知らせだ。

「今、裏口にいます。手早く、目立たぬうちに話を済ませて、帰してください」

 間諜の仕事に関わりたくない、迷惑と言わんばかりの顔をして告げる。高貴な方々と交流する優雅なお仕事ばかりの人員の職場じゃないのだから、仕方ないだろうが。

 こちらは眠っていたが、いつでも動けるような姿でいたので、靴を履くだけだ。部屋から出ると、丁度ロジェフスキも出てくるところだった。

「ご機嫌よう」

 と、お互い挨拶を交わして、後は無言で職員の案内に付いていった。階下に降り、厨房を抜けて、邸内から出ると、エリゼ宮の清掃係が汗を拭いながら立っていた。

「お早う。早速知らせを持ってきてくれたようで嬉しいね」

「お早うございます、旦那方」

 清掃係は上目遣いで笑った。俺はさっと金を握らせた。

「ロシアのヒゲの皇帝が馬でお出掛けです。フランス住まいのロシア人の軍人からブローニュの森で馬を走らせると気分がいいと勧められたそうで、息子たちを置いてけぼりです。俺が出てくる時、準備を終わってましたんで、もう出てると思います」

「ほう、これは面白い話だな」

 ロジェフスキは呟き、俺はまた金を渡す。

「ここに来たこと、俺たちに話した内容はこれで忘れる。職場を抜け出したのを周囲へ誤魔化すにもこれで充分だろう」

 清掃係は手を広げて額を確認して、肯いた。

「有難うございます」

 ヒョッコっと人形のような動きでお辞儀をして、清掃係は出ていった。

 答えは決まりきっていたが、俺はロジェフスキに問うように顔を向けた。

「馬を二頭出そう」

「勿論です」

 さて、清掃係の話の通りブローニュの森に行くとなると、大分西へ進むことになる。ロシア側がどれくらいの人数の供や警護の者を連れているか、そして皇帝の外出を知ったフランス側が慌てて警備の者を周囲に集められるかだ。予定外の行動だから水も漏らさぬ人垣とはなるまい。

 至急馬を二頭使うと馬房担当の職員に申し出て、俺たちは急いで身支度を整えた。朝帰りの紳士の(てい)で、二騎、大使館を出た。

 ロシア皇帝が先に出掛けているのだから、どの道筋を通ろうと先に到着しているだろうが、どこを通ってブローニュの森へ向かったか。変に裏道や小路を使わないとなれば、シャン=ゼリゼ大通りから凱旋門でアンペラトリス大通りに入り、そこからブローニュの森の中に行き、森のロンシャン通り辺りを中心に廻るだろう。ただの気紛れか、何らかの意図があってか。とにかく行方を確かめ、何をしていたのか確かめなくてはならない。

 焦ると距離が長く感じられる。だんだんと明るくなってくる大通りを急いで馬を走らせている俺たちを、街角の清掃人や荷運びが物珍し気に眺めている。

 やっとブローニュの森の入口に差しかかった。

「大分広いんだろう?」

 ロジェフスキが言う。

「狭いなら(ボワ)と呼びませんよ」

 森に入り、馬を一旦休ませた。森の中の大きな通り、ロンシャンの方に向かってゆっくりと進んだ。フランス警察が何人か歩いているが、気付かぬ振りをする。闇雲に馬を走らせ目立っては意味がないので、あくまでも散策に来ているふうを装った。

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