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君影草  作者: 惠美子
第十七章 喜劇は続く
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 自らの職務として、主君を護衛するのは光栄であり、重責あり、失敗は許されない。だが、他国の貴顕を見守っているのなら――詰まらないが――身を挺してお守りする義務がない分、他人事として観察していられる。勿論相手側に気付かせてよい場合と、まずい場合とがある。まずい場合には見付かれば命が危ない。しかし、今回は全くの友好の為、そして物見遊山なのだから、秘密にしたい交渉がどれくらい出るか不確定。それに、そこまで内密に事を運ぶとなれば、ゴルツ大使や宰相閣下の出番になる。あくまでもこちらは、皇帝ご一家がどんな行動をしていたかの報告をする係だ。

 本当は巴里の郊外の城壁や古城を見に行きたいのだが、観劇とともに先延ばしだ。

 そう、コリゼ通りの『ティユル』にもだ。

 まだ、覚えている。あの女性に会いたいと願っている自分がいる。

 何故かは自分でも判らない。もしかしたら、彼の女に会えばすぐに解決し、興味はひとかけらも無くなってしまうのかも知れない。

 それで構わない。一人の女性を気に掛けているのは、我ながら可笑しなことだ。でき得るなら、気掛かりを無くして、早く忘れてしまいたい。

 或いはこの職務の内にきれいさっぱり忘却してしまえるか。それなら重畳。詰まらないと思わずに、下調べをして取り組もう。どんな汚れ仕事であろうとも、手を抜くのは性に合わない。

 プロイセン王国に忠誠を誓った軍人らしく、働こう。

 オペラ=コミック座で会った黒髪の女性の面影を振り払おうと、気分転換に大きく頭を傾けた。耳が肩に付く。

 ああ、あの女性は琥珀の耳飾りをしていた。琥珀の柔らかい色が髪の色や服に合っていた。小生意気な小娘にはできない、着こなし、年齢相応の落ち着きがあった。俺に対しては一語も発しなかったが、背中越しに聞いた声は人を不快にさせない響きがあった。

 莫迦か、俺は?

 結局あの女性の面影を思い浮かべようとしているじゃないか。

 女よりも仕事だ。

 雑念を払う為に、先に洋裁店に行って、女の正体を見極めてきた方が気が楽になるのだろうか。マロニエの花も終わろうとしているシャン=ゼリゼ大通りに赴いて、世間話を交えて口説く真似をしてみながら!

 風に舞う花弁のように、あちこちに関心事が飛んで、何もできない。

 まとまらない思考をひとまず抑え込もうと、ブランデーをグラスに注いであおった。一杯では足りず、もう一杯。

 ロシア式にスピリッツをあおり、今日くらい平気だろう。これで酩酊しやしない。さて、皇帝ご一家の経歴のおさらいをしようじゃないか。

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