八
レヴァンドフスカ嬢は穏やかに礼儀正しく、挨拶をして、俺に手を取られ、大使の馬車に乗った。俺も続いて馬車に乗り込んだ。
御者に合図をし、馬車は走り出した。
レヴァンドフスカ嬢は無表情。俺も愛想を見せる必要を感じず、無表情で、無言。
宿の近くになってやっと小娘は口を開いた。
「本当はわたしを送るのは不本意だったのでしょう?」
「いいえ」
「本音を仰言って構いませんのよ。先程の洋裁店のご婦人たちが気になっていて、誘いを掛けたかって」
うるさい小娘だ。俺がほかの女性に気を取られようが、関わりなかろう。
「でも、洋裁店のご婦人たちだって嗜みはあるようでしたわね。流石に初対面の男性から話し掛けられて、すぐに乗ってきたら、はしたない仕事をしていると勘違いされてしまいますもの」
世間知らずにそこまで悪しざまに言われる筋合いはないぞ。おまけにその言い方は、俺だけでなく、洋裁店のご婦人たちも低く見ている。
「小官が買った手袋をしてこられなかったのですね、残念です」
小娘はむっと睨み付けた。
「父に誂えた品でないとすぐに見破られてしまいますから、できませんでした! 折角の贈り物でしたのに、申し訳ないですわ!」
向きになるところが子どもだ。
馬車は宿に着いた。俺は彼の女の手を取り、馬車から降ろし、宿へ入っていった。ロビーで俺は帰る為に、レヴァンドフスカ嬢に言った。
「宿の者に言い付けて、部屋に案内させるか、侍女を呼んでこさせるかさせましょう。どうします?」
「どうしますって、貴方はどうなさるのですか?」
「貴女を宿に送り届ける用は済んだのですから、すぐに大使館に戻ります」
小娘は瞠目し、そして詰まらなそうに唇を尖らせた。
「少しお話し相手をしてくださらないかしら」
「早く帰らせてください」
「意地悪ですね」
「礼を失していないでしょう。侍女を呼びます」
宿の者を呼び、レヴァンドフスキ伯爵家の令嬢が戻ったので、侍女か召使に迎えに来るようにと心付けを渡して言い付けた。
「一人で父や兄を待っているのは退屈なんです。少しくらいいいでしょう」
「早くお休みになるのがよろしいです。ほかに召使も連れてきているのでしょうし、お休みなっていても怒られはしないでしょう。それに女の子を相手に、何を話したらいいか判りません」
言い合っているうちに侍女がやって来た。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
侍女は俺に気付いて、腰をかがめた。俺も侍女に軽く礼を返した。
「小官は……」
「送っていただいたお礼にお茶を差し上げたいの。部屋にご案内するから、あなたはお茶の準備もお願いね」
「かしこましりました、お嬢様。まずはお部屋にまいりましょう」
侍女は案内しようと、先に歩き始める為、向きを変えた。レヴァンドフスカ嬢は俺の左手にしっかり右手を乗せていていた。恥をかかせないだろうと悪知恵を働かせて……、振り払って逃げ出してやろうか。
ともかく、部屋にだけは送ってやろう。




