五
レヴァンドフスキ伯爵はゴルツ大使と経済や流通の話をしている。そこへ開演前に言葉を交わしたソシエテ・ジェネラル銀行の役員夫妻が通り掛かり、夫の方が話に加わった。門外漢の振りをして、俺は一歩引きながら会話を聞いていた。伯爵の長男は時々知識の面で父親の話を補完するように発言し、レヴァンドフスカ嬢は役員夫人と芝居の内容の寸評を言葉少なに口にしていた。
金融面はアンドレーアスが専門だが、俺の聞きかじりの知識から判断すると、今ここで話題になっているのは、フランスではロスチャイルドの傘下ではない金融組織クレディ・モビリエが鉄道の敷設や首都の改造の資金面で大いに貢献したが、ロスチャイルドなど古くからの銀行の反発や不動産投資の失敗から、かなり経営が逼迫している実態だ。
「新規の者は上手くいっている時はいい。しかし、波を読みそこなうとその引き潮の損害も大きくなる」
「しかし、そのまま見過していては、分散して投資している者だけではない、虎の子の金を預けている労働者層もいますから、見捨てれば、とんでもないことになりますよ」
信用して資金を預けて利子を期待している小金持ちには、古参の銀行家の面子や縄張り、新規事業者の心意気は関わりない。銀行が潰れて、預けていた金が回収できなくなったら、それこそ、街にバリケードが張られてしまうだろう。
戦争でもないのに首都機能が停止したら、責められるのは一斉に銀行、次いで政府だ。
これに関してはどこが潰れたとしても、大きな損を出させないように大手が株券を買って、預金者を引き取る形になるのだろう。
恐らくは、ここで世間話に上るようなこと以外の、プロイセン人には聞かせられない遣り取りが、政府の財務担当や銀行幹部と行われているのに違いない。
「クレディ・モビリエの経営者のペレール兄弟は悩んでいますよ……」
普墺戦争で漁夫の利を得るつもりの当てが外れ、軍備拡張できず、おまけに金融・財政問題でゴタゴタしている。皇帝陛下や宰相閣下と呼ばれる身分にはなりたくないと、つくづく思う。
「縫製の機械はね、フランスの物より、アメリカ製が……」
「直線縫いはともかく、袖や襟の始末は機械よりも手でしないと」
背中越しに女性たちの会話が聞こえてきた。
「貴族のご婦人方やブルジョワの夫人たちがどんな着こなしをして、新しい流行を作るか……」
「それもあるけど、わたしたちの仕上げた仕事の成果も見ておきたいわ」
ドレスのデザインや縫製をしている女性たちなのか。口振りからすると、お針子ではなく、店の経営、顧客と直接遣り取りするような職分の女性たちなのだろうか。大使たちの話よりも、後ろの女性たちの会話の方が自然に耳に入ってくる。そちらに注意がいった。希望や活力を感じさせる声や会話の内容。目の前で続けられている、まるでフランスの金融を自らが操作でもしているかのような、タンタロスのように手に取れそうにない果実の味よりも、ずっと面白そうだ。
声の主の姿を確かめたくなった。
何故、俺は振り返ったのだろう。振り返らなければよかったのだ。