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君影草  作者: 惠美子
第十六章 コミック・オペラ
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 その日はカルチェ・ラタンの近くまで行ってみたが、気が抜けて、ろくに見て回らずに大使館へ戻った。

 巴里で政変や市民蜂起があれば騒がしくなるのは、昔から中央市場や学生街だが、オスマン知事が交通の便や治安を考えてと、かなりの改造をして、見通しをよくする工事を施した。そこにはデモやバリケードで遮られないように道幅を広くとった工夫が含まれている。地図上だけでなく、庶民や学生の熱気が都市改造によって変容したかも是非調査しておきたいところだが、自分の手持ちの服が場所に不似合いだ。旅行者としてならともかく、中に入りこもうとするなら、もう少し着古した服を身に着けていなければ怪しまれる。自身で潜入せず、プロイセンからの商人や職人で情報を提供してくれそうな人物を当たる方がよいか、参謀本部のフランス部との再度連絡をする。

 大使との約束の金曜日なり、出掛ける時間はすぐにやって来る。気分を社交向けに切り替えておかなくてはならない。

 オペラ=コミック座、イタリア座とも呼ばれる、イタリアン大通りの由来の劇場だ。名前の通り、喜歌劇や喜劇を主に上演している。深刻な悲劇、重厚長大な出し物は滅多にないので、気軽に楽しむにはいいらしい。舞台だけでなく、客席を観察しやすい。

 芝居に集中したいのなら平土間の中ほどより前の席あたりが良いが、観劇しつつ、観客の様子も観察したければ、上のボックス席が向いている。角度によって俳優の様子も、目当ての人物の席も目にできる。オペラグラス持参は通ぶる為にするのではない。じろじろと観察し過ぎても無粋で警戒されてしまうが、見られていると気付いて無視を通すか、合図を送るかはその時の相手と気分次第。そういった場所だ。

 何着もこちらに持ってきていないが、それでもどんなものかと組み合わせを考える。タイの結びようはきっちりなのか、緩やかにした方が良いのか、意外と難しい。鏡の前で考えた末、シュタインベルガー大佐に見てもらった。

「軍服以外の着付けで気を遣う場に出るのはいつ以来か覚えていないくらいです」

 大佐は頭から靴先まで点検して、悪くないと答えた。

「真面目で、まだ巴里には慣れていないプロイセンの若者らしくて、これでいい」

 褒められている気がしないが、恥ずかしくない程度に装えたらしい。

「粋を気取り過ぎて悪趣味と言われる方が後々響くから、型通りでいったほうがいい。遊びを出すのは慣れないと難しい」

 全く以てその通りだろう。

 ゴルツ大使も俺の服装を見て、何も言わなかったのだから合格かと安心した。不合格なら軍礼服にしろと言われる。

「いっぱしの貴公子らしく見えるから、今晩のところはどこぞの貴族の跡取り息子のようにしていてくれ。愛想を振りまいて、ご婦人たちと会話を楽しんで構わない。ただ、今晩は会話だけに止めておいてくれ」

「はい、大使」

 こうして、俺はゴルツ大使のお供をして、イタリア座へと喜歌劇の鑑賞に馬車で赴いた。

 劇場に到着し、中に入れば華やかさで目が眩みそうになる。ご婦人方の夜の装いは肩を露わにし、ウエストをコルセットで絞り、花のように広がるスカートのドレスだ。夜気の冷えを防ぐための薄手のショールを肩に掛けているものの、胸の形さえ見て取れる。未婚と思われる若い女性は控えめだが、既婚らしいご婦人方は自分を見せる工夫を凝らしている。中には堅気ではない女性も混じっているのだろうから、余計目の遣り場に困る。羽目を外す気が無くても、誘惑に乗ってみたいと迷いそうだ。

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