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君影草  作者: 惠美子
第十五章 星の広場
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 勝者は女神から祝福され、その印の月桂冠を授けられる。凱旋門の彫刻にも、その姿が刻まれている。凱旋門のアーチにも見事な装飾が施されている。この門は何階建ての建物に相当するのだろうか。大使館から、シャン=ゼリゼ大通りを西に行く時から見えていた。決して迷わない、見失わない。大通りをこの目印目指して歩き、この星の広場をぐるりと巡り、凱旋門を四方から眺めた。遠くからでも見える門は、近付き過ぎてはどんな彫刻や装飾がされているか判らなくなる。着工から竣工まで長い時間が掛かった為、門の彫刻を担当する彫刻家が交代したとかで、出来はいいが、場所ごとに印象が違っている。

 俺の目からすれば、月桂冠を授けられる英雄の姿より、ラ・マルセイエーズを象った彫刻の方がよりよく見える。

 星の広場から十二本の通りが作られ、伸びている。西への通りを選べばブローニュの森、南へ下りセーヌ川を渡れば万国博覧会の会場。

 博覧会から流れてきたと思しき観光客が、歩きくたびれた(てい)で広場にまとまって座りこんでいる。人ごみの中さぞかし疲れたのだろう。

 今日のところは西にも南にも行かず、元来た道を戻り、イタリアン大通りまで足を伸ばす予定だ。大分歩くが街の中。行軍に比べたら楽というものだ。ついでに言えば背嚢もない。巴里の名店が並ぶイタリアン大通りまで身軽に行って、見物だ。

 初めから飛ばしてあちこち見ようと欲を出したらとても持たない。巴里には様々な場所がある。金曜日に大使のお供を仰せつかっているのだから、疲れた顔にならない程度に観光して――いや、観察して回ろう。

 シャン=ゼリゼ大通りを戻り、コンコルド広場へ着いた。振り返ると、(エトワール)の凱旋門が遠くに見える。ここでもまだはっきりとシルエットが見えるのだから、如何に大きな建造物か判る。コンコルド広場から北東のマドレーヌ大通りへ入り、そこの通りをずっといけばイタリアン大通りだ。

 コンコルド広場にはエジプトから贈られた「クレオパトラの針」と呼ばれるオベリスクが立つ。これをエジプトのどこだかの神殿から運ぶのに何年か掛かったらしい。数千年前に何かの記念か祈願を籠めて、人手と時間を掛けて太古の人々が作ったであろう品は、冠や宝玉のように持ち主を変えた。ブランデンブルク門の勝利の女神像のようにエジプトに還る日があるだろうか。

 ここは、前世紀の革命でブルボン家の王や王妃の首が落とされた場所。

 歴史の幾星霜が諸君を見守っていると、エジプトのピラミッドの前で兵士たちに向かって言ったのはナポレオン1世だったか。(多分、細かい部分は間違っている)

 この広場も同様だ。

 メートル法の基準器はこの広場に置かれていなかったか、何処の広場にあるのだったか、調べたはずだが、今すぐに思い出せない。

 思い出せないまま、一休みだ。

 五月の中旬で、心地よい陽光と風。旅人には良い季節だ。霧深い倫敦で顰め面を突き合わせて会議をしているお偉方、社交に明け暮れ太陽の出ている時間は寝床の貴族サマ方には申し訳ないくらい、よい心地で過している。

 さて一息ついたところで、キリスト教寺院というよりも、ギリシアの神殿のようなマドレーヌ寺院を外から見学して、そのままイタリアン大通りまで行ってみよう。カフェ・アングレなんて高級店には入る気はないが、そこそこの店のテラス席でコーヒーか、話題のアイスクリームを頼んでみよう。夜と昼では、パレ・ロワイヤル同様、イタリアン大通りに並ぶ店は様を変えるらしいから、昼間の観光客らしく、のんびりお上りさんの恰好をしていよう。

 飲食店だけでなく、劇場や遊技場、洋品店や宝飾店が並ぶ界隈。テラス席で、フランスの新聞フィガロを手に取りながら、問題なくフランス語で政治や文芸の記事が読めると確かめつつ、コーヒーを飲む。

 テラス席では寛いでお喋りをしている者たちがいて、見目良い男女がいないか、どんな服装が優雅かと、冒険や流行を追うのが好きな者たちがいる。そんな中で、俺は一番真面目くさった様子なのだろう。視線を感じて顔を上げれば、愛想笑いの女性や、野暮ったいと感じているのか、場違いだと言わんばかりの目付きの男性が別の席にいる。

 こちらは女性を引っかけるのを目当てにしているのでも、服装のセンスの良さを競いに来ているのでもない。勝手にしていてくれ。

 金曜日の夜にイタリアン大通りの劇場に行くとなったら、観劇はそっちのけで、かなり厳しい視線で見られるのだろう。ドイツの田舎(ユン)領主(カー)の息子のような顔をして、大使についていこう。気が重い。

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