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君影草  作者: 惠美子
第十五章 星の広場
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 夜近くになって、ゴルツ大使に挨拶ができた。かつてビスマルクがフランス公使を務めていたが、この仁も剛腕かどうか、初対面ではよく判らない。まず、すぐに人柄を見抜かれるようでは外交官には向くまい。穏やかそうな様子だが、腹の底は読めない。俺のような若造と長年宮仕えをしてきた官僚の差もあろうが、その意味では適任者なのかも知れない。ロベルト・フォン・デア・ゴルツ伯爵、五十前であり、ビスマルクと違い、ナポレオン3世と上手く付き合っているという。

 ゴルツ大使はじっと俺を観察した。

「外交官は社交界に顔を出すばかりかという輩がいるが、それだけではなく、宮廷に伺候し、財界の有力者とも謀る場面もある。かなり神経を使うが、人は華やかな面ばかり見ようとする」

「仰言りたい意味は判ると思います。我々軍人も勇ましく突撃するばかりではありません」

 俺が併合された国の出と思い当たったのか、大使は小さく肯いた。

「大尉は軍礼服以外に、きちんと礼服を持ってきているか?」

「故郷の(プレヤデン)で誂えた物ならあります。伯林や巴里で誂えた服でなくてはいけないのなら、準備します」

 大使は少し考えてから、答えた。

「そのうち巴里で礼服を誂えておくようにしたまえ。軍礼服では無粋になる場もある。

 そして、今度の金曜日に観劇に行くので、礼服で一緒に来てくれ。持ってきている礼服でいい。プロイセンから来たばかりの貴族の子息らしく付いてきてほしい。紹介して回らないが、そのように装って欲しい」

 大使は大使で何か企みがあるらしい。

「遊び人風に? それとも世慣れぬ坊や風にですか?」

「多少は由緒ある家柄に見えるようにして、礼儀正しく真面目にしていてくれ。芝居をしてみろとは望んでいない。

 ボックス席の女性たちの視線を集められるか、試してみたくはないか?」

 ああ、そういう意図か。

「最近、皇帝陛下のご寵愛の方でもいらっしゃるのですか?」

「ご寵愛の方……、かつても含めれば両手では足りない。それに紳士の寵愛を受けるのを商売にしている婦人も大勢いる」

 大使は言ってくれるが、ナポレオン3世のお相手と火遊びしたり、高級娼婦から情報を得たりは自信がない。そもそも参謀本部からそんな情報収集は期待されていない。

「小官の職務から逸脱していると存じます」

「軍人の言い分としてはそうだろう。だが、一度顔を出してみるのも悪くないと勧めているのだ。ただ、巴里の地理を探るだけでは詰まらんだろう?」

「まだ巴里のあちこちを回っておりませんから、小官には何とも」

「エトワール広場の凱旋門から伸びる大通りや、公園は散策してみれば楽しい。金曜日まで、色々と歩いてみたまえ」

「はい、そのようにします」

 (エトワール)広場、文字通り、星のように丸い広場から放射線状に通りが拡がっている凱旋門のある場所。星のように輝く都か、多くの人間の欲望や思惑の渦巻く場所か。

 まずは、この身で、この街を知らなければならない。

 果たして巴里は俺に何を見せてくれるだろう。美しさか、醜さか。でき得るなら、この街が整然としている姿を見せて欲しい。だが、伯林よりも上回る人口と吹き溜まりのような裏町があった場所でもある。外交官に連れられての宮廷伺候や社交界とは縁のない、市井の生活とインフラをしっかりと目にして、報告したい。

 戦となり、痛手を被るのは、市民であり、兵卒たちだ。被害を小さくする為にも、作戦立案は重要だ。表向きの地図のほかに書き足す情報を幾らでも見付けていきたい。

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