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君影草  作者: 惠美子
第十五章 星の広場
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 伯林の参謀本部で、諜報で気を付ける点、報告の方法など、一通りの教示を受け、幾つか実地での行動を試されて、見事合格と評価されたらしい。ルクセンブルグ危機で、倫敦会議が始まった最中、俺に巴里への赴任の辞令が出た。

「巴里への赴任にあたって、貴官の肩章の星を一つ増やす」

 ポドビエルスキ中将から有難い言葉をもらった。大尉へ昇進しての赴任だ。

「駐在武官で大尉となっても、率いる隊を持てませんね」

 フランス部の少佐にこぼすと、少佐は笑った。

「大使館の駐在武官だってそれなりに人員はいるのだから責任はあるぞ。貴官は参謀本部からの諜報の任があるから儀礼や行進の練習の面倒は見なくていいだろうが、式典や、プロイセン側からの上層部や王室の訪問があった時には駆り出されるし、本国から貼り付いてきている連中と即時に連動して動けるかと、神経を使うぞ」

「はあ……、それなら平原で演習をしている方が性にあっています。脱落者や負傷者の心配をしなくてもいいと言われても、上つ方の前で、警戒していなければならないですから、戦場と変わりませんよ」

 自然、肩が下がったらしい。

「気を落とすなよ。これからの巴里は気候がいい。それに巴里娘は華やかだ。上手いことやって、巴里の裏道でも調べ上げておけ」

「綺麗な花には棘や毒がありますよ。せいぜい(あた)らないように気を付けて行動します」

「巴里への赴任に嬉しそうでない貴官にもう一つ、楽しくない話をしてやろう」

 少佐は悪戯っ気を出したような顔をした。

「巴里大使館の駐在武官をまとめているシュタインベルガー大佐がいる。あれは難物だ。近衛からの出身で、家柄はいいし、なかなかの色男だ。諜報の重要性を理解しているが、こそこそと調査して回るのを、鼠のようだと好ましいとは感じていないらしい。

 仲良くする必要はないが、角付き合わせるような真似はするな」

 この話からすると、気位の高い人物らしい。おだてに乗るような軽さがあればいいが。

「はい。心して参ります」

 モルトケ夫妻からは励ましの言葉をいただいた。このご夫妻は本当に心遣いの細かい方たちだ。どうしてとは説明できないが、この人たちの為に働きたいと思わせる人徳がある。

 シューマッハ中尉は案外からりとはなむけの言葉を述べてくれた。

「あちこち回って仕事で観光ができると思えば、少しは気が楽だろう。

 今は万国博覧会の開催中だ。倫敦会議で上の方々は忙しいだろうが、その後気晴らしに巴里見物をしていくだろう。

 外交官たちと接待しながら、様子を探る機会に恵まれるんじゃないか」

 下町を探索するよりは楽しいかも知れない。

「独身主義なりに見所が違うのかも知れんが、遊びすぎるなよ」

「そこはそれ、巴里の高級娼婦は余程の金持ちじゃなければ相手にしてくれないのだろう。惨めさが売りのような街娼は好みじゃないから、心配は要らない」

 外国人相手では嫁さんも探せないだろうと、シューマッハは既婚者らしく言った。自慢の愛妻にいい巴里土産があれば送ってやろう。

 アンドレーアスから巴里行きの列車の混雑具合や停車する駅毎に小用を足したり、食べ物を購入したりする乗客でごった返すから覚悟しておけと、教えられたので、二等ではなく一等の客車に変更するように、自分で手続きし直した。列車の仕様は、客車毎に独立して、客が乗り込むようになっており、ランクの違う客車の乗客は一等客車に紛れ込めない。巴里に到着するまでの長旅は落ち着いて過したい。

 そうして、俺は赴任地の場に立った。

参考文献

『馬車が買いたい!』 鹿島茂 白水社


 主人公は恰好付けいてますが、当時一等客車にも食堂やW.C.はなく、自然の要求を充たすには、停車駅で降りなければなりませんでした。客車毎の出入り口となっているので、混雑を避けられるくらいです。

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