一
巴里のストラスブール駅に到着した。一斉に客車からホームへと雪崩のようだ。
人、人、人。
これほどとは思わなかった。伯林とは倍以上の人口を抱え、現在も多くの人間を受け入れている大都市。予想を超えた混雑ぶりに、昴の喧騒など酒場の集り程度だと落差を感じた。
人で波ができている。
東側の地方や国々からの人が利用するストラスブール駅でこれだから、巴里全体の駅では毎日どれほどの人が集まってくるのか。
巴里の駅舎の混雑はすさまじいものだと聞かされていたのが嘘ではないと、この目で確かめられたのはいいが、出迎えに来てくれているという下士官はどこにいる。探すのに時間が掛かりそうだ。冬山で迷った時のように、あまり動き回らずにいた方がいいような気がして、人波の動きが少ない柱の近くに場所を移した。
参謀本部の旅費では二等の客車を割り当てられていたが、自腹で料金を上乗せして一等客車で来た。そのお陰でゆったりと時間を過してこられた。二等、またそれより下のランクの客車の客の様子や混み具合は、見てみぬ振りを通してきたが、ここではそれも通じない。俺と同じように一等客車に乗ってきた者はともかく、ぎゅうぎゅう詰めの客車にその体と同じくらいありそうな荷物を担いでいるような女性、小銭を手に着の身着のままで乗り込んできたような若い者たち。学生らしい者もいれば、挨拶の仕方も知らないような連中もいる。
今世紀始め、激増する人口で、元々清潔でなかった巴里の街が一層の悪臭を漂わせるようになったというのは本当なのだろうと実感する。
現在のフランスの統治者、ナポレオン3世が権力を手にする以前に亡命生活を送った倫敦に倣って整備された都市に改造しようと、権力者になるとすぐに乗り出したのも判るというものだ。鉄道事業、上下水道、巴里市内の区画整理。まだ開発途上の箇所もまだまだある。
「第二のアウグトゥスになりたい」といったナポレオン3世が完成させようとしている「花」の都、これから俺の住む場所。俺もこの場に溢れかえっているお上りさんの一人だ。せわしく歩き回る人々の中に同胞がいないかと、あちこちと見回している。
やっとのことそれらしい人物かと見付けて、背伸びをして注視した。向こうも気付いてこちらに歩み寄ってきた。下士官とはいえ、駐在武官。見目よい人物だ。愛想笑いをして挨拶をしてきた。
「アレティン大尉ですか?」
俺もにこやかに返した。
「ああ、オスカー・フォン・アレティン大尉だ」
「お名乗りいただき有難うございます。初めまして、小官はヤンセン曹長です。よろしくお願いします」
「こちらこそ初めまして。これから色々と世話になることと思うが、どうかよろしく頼む」
お互いを観察し合いながら、話を続けた。
「迎えに来てもらわなければ、迷子になりそうな場所だな」
「ええ、お迎えに参じるのも仕事の一つです。巴里の人ごみでは掏摸に気を付けてください」
「こちらは野戦ばかりの部隊から来たのだから、そういった手合いに慣れていない。注意しよう」
大丈夫、すぐに慣れますよと、ヤンセン曹長は軽い調子だ。
「これからプロイセンの大使館にご案内します。ゴルツ大使はお忙しい方ですので、すぐに面会できるか判りませんが、シュタインベルガー大佐にはすぐお会いできます」
大使は駐在武官が一人来ようが関心があるまい。参謀本部から諜報の役割を負っている者が来るくらいは耳にしているだろうが、自身の職務の邪魔にならないか、役に立つかで思し召しは変わってこよう。
まずはここ巴里の大使館での駐在武官の上官たるシュタインベルガー大佐にお目通りして、好感情を抱いていただけるかどうか、俺は態度よく振る舞わなければならない。




