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君影草  作者: 惠美子
第十四章 菩提樹の並木道
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十二

『親愛なる我が義兄弟オスカーへ


 伯林へ出向を命じられたと思ったら、今度は巴里の駐在武官になって巴里に行くと便りをもらって驚いた。忙しそうだが、信頼を受けているのなら重畳だ。

 伯林はあちこちで工事や開発中の新地区があるはずだが、巴里の開発工事はだいたいのところが終わっているから、巴里の方が落ち着くかも知れない。昔シテ島にあった貧民窟なんぞも一掃されている。犯罪大通りとなんとも物騒な呼ばれ方をしていたちょっとした出し物を見せてくれる面白い場所があったそうだが、それも今は姿を消している。まあ、あったとしても、おまえならオペラ座やイタリア座の方が好みだろうから、近付かないだろうな。

 外交官にくっ付いての武官だと、銃を担いで行進する仕事じゃないだろう。今度は野戦ではなく、宴会や腹の探り合いをするようになるのだろう? 

 服に関しては金を惜しまない方がいい。軍服やら軍の礼服やらの代金は軍持ちか? おまえ名義の財産は戦争のお陰で目減りしたが、それでも贅沢できる程度にはあるのだから、私服や社交用の服は幾らでも誂えておけ。伯林で作るのもいいが、巴里で生活するのなら巴里で誂えた方がいい。暮らす場所の気候に合っているのが一番だし、お洒落でないからと損をするのは詰まらない。

 あちらの貴族サマは結構辛辣だ。

 革命や王政復古やら箱の中身をひっくり返すのを繰り返している国だ。平民でものし上がれるが、旧弊なご連中との付き合い方は難しい。俺は俺のやり方で巴里やフランクフルトで働いている。

 おまえが貴族連中やらお偉方の間で縮こまっているとは思えない。きっと職務に真面目に取り組んで、それなりに楽しんでこられるだろうと想像している。

 機会があればあちらで会えるだろう。その日を楽しみに。


        義兄弟 アンドレーアス・ディナスより』


 巴里に赴任すること自体は機密ではないので、(プレヤデン)のディナスやアンドレーアス、アグラーヤに知らせた。アンドレーアスからはあいつらしい便りが来た。イギリス紳士よろしく手袋から杖まで、きちっと揃えろというものか。ナポレオン3世が巴里の大改造の工事を行って、大分石畳の道の泥も減り、清潔になったと聞く。

 住まいは大使館の一角となるか、必要によっては長期滞在用のホテルを使うようになるか、行ってみて、職務の必要に応じて変わってくるだろう。確かに気候も水も違うし、言葉も基準通貨単位も違う。浮かれていた訳ではないが、物見遊山の気分を捨ててかからなければ。

 そう、あちらは新興のブルジョワもいれば、王制以来の貴族もいる。社会体制が何度も変わりながら、生き延びてきたしたたか者が住んでいる場所だ。巴里の紋章にある通り、「たゆたえど、沈まず」、時間が重ねられている。

 銃剣でも銃弾でもない、人間の欲望や知恵が直接ぶつかり合う場所に、ドイツとは違う歴史をもった国に、心して赴こう。

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