十一
来ていないかと思っていたが、ポドビエルスキ中将と共にシューマッハ中尉が来ていた。
「レヴァンドフスキ伯爵家では俺の名前を知っていても、顔を知らないから、中将たちに付いて回って、目立たないようにしているのさ」
宴の会場の隅で、カーテンの陰に隠れるように飲み物を持ちながら、シューマッハと話し込んでいた。
「こんな所に隠れていたのですか?」
と、ローデンブルク伯爵が一人、顔を覗かせた。
隠れていた訳ではありませんよと、俺は苦笑気味に言い、伯爵にシューマッハ中尉を紹介した。文官の貴族と知って、シューマッハはやや戸惑いを見せた。しかし、伯爵は平民出身の将校と知っても少しも驕った態度を出さない。それに先刻の会話の端々を記憶していたようで、シューマッハの名を聞いてすぐにレヴァンドフスキ伯爵家を連想したようだ。
「お仕事の上でのことは何も判りませんが、レヴァンドフスキ伯爵家のご子息と悶着がおありだったとか。ご苦労をお察しします」
「いえ……」
「亡くなったレヴァンドフスキ伯爵家のご二男は会ったことがありませんが、どうもご長男は真面目で内気というか、人を使うのに遠慮がちです。長男を跡継ぎ、二男を軍人と堅苦しく決めなくてもよかったのではと感じますよ。
適材適所は難しいものです」
「失礼ですが、ローデンブルク伯爵は職務に忠実に励んでいらっしゃるようにお見受けします」
ローデンブルク伯爵は苦笑した。
「シューマッハ中尉は用心しておいでのようだ。私は軍の機密を探りに来たのではないですよ。アレティン中尉とお話がしたかったし、ポドビエルスキ中将の部下のシューマッハ中尉がどんな人柄かと興味が湧いただけです」
「それは光栄です」
シューマッハはどう出たらよいかまだ迷いがあるようだ。
「父はホーエンツォレルンの王様が伯林にお住いを決めた頃から、この地でご先祖代々指物師をしているんだとと言っていますがどうですやら。小官は不肖の息子で、士官学校を出て、主に物資の後援の係をしています」
「シューマッハ中尉が謙遜なさる必要はありません。軍が現地で食料や馬を徴発すれば混乱が生じます。ただでさえ、軍隊が来れば治安が悪化するのではと心配するのが人の心です。人心の安定や、兵士の安全の為に、重要なお仕事です」
上手いものだな。シューマッハは警戒を緩めたように見える。先程はランゲルザルツァの戦いを話題に出して俺を大分持ち上げてくれたのかと、可笑しくなった。だが、下手な追従を言われたような不快感がない。ローデンブルク伯爵の人柄なのか、半ば本気で言ってくれているのか、見習うことにしよう。ホルバイン子爵のように別け隔てない温かい人柄のようだが、ホルバイン子爵とは全く違う才気の持ち主だ。
当たり障りのない世間話だったが、お互い気心知れた仲のように打ち解けられた。利害を抜きにして、語り合えるのは楽しい。いつ、また、どういった立場になるかは知れないが、この邂逅と寛いだ気分を大事にしたい。
「失礼」
見知らぬ男女が目立たぬ場所を求めてか、こちら側に来た。伯爵は目配せし、「私は話を終えましたので、ご機嫌よう」と、丁寧に挨拶して立ち去った。
俺たちも場所を変えようと、男女に場所を譲った。シューマッハとどこへ向かおうかと見回していると、ポドビエルスキ中将が合図をしていた。
「知らない振りはできないな」
中将の側に行くと、中将は男ばかりで固まっていたらいけないと、冗談口を言う。
「折角なのだから美しい花々にもっと顔を売っておけ」
「小官は妻一人で充分です」
「シューマッハ中尉の堅物振りは皆知っている。アレティン中尉だ。見慣れない黒髪の士官さんは誰? とご婦人から訊かれて参ったぞ。会わせようにもシューマッハと内緒話をしておって、どれ、今からでも相手をするよう、連れていってやる」
シューマッハは行ってこいとからかい気味に手を振った。
「一人のご婦人に深入りしない主義なんですが、失礼になりませんか」
「平気だ、あちらも同様の主義だから」
「はい」
ご婦人との会話の実践もしろとは、ご丁寧に痛み入る。
こうして、若い独り身をからかうのを趣味にしているらしいご婦人たちと疑似恋愛のお喋りをして、鐘が鳴る頃灰かぶりのように宴を抜け出した。




