十
少なくとも今立っている国への忠誠心は小さいものだ。故国への愛惜の念が勝っている。この国の益する仕事が、故国に役立つ可能性があるから、忠誠を誓って参謀本部へ出向してきた。
無論、小ドイツ主義と言われようと、フランスに譲ってはならないと考えている点ではこの国の民を含め皆と一致している。
ビルマスクに完全に同調する気はないが、努力はしていこう。
「戦死したレヴァンドフスキ少佐――大佐ですか、軍人に向いていないとはっきり言われる人物でしたら、降格されたシューマッハ中尉は損をしたのではないですか?」
「ああ、そうだな。ただ、決闘ではなく、私闘――口論の果てに殴りかかったそうだ――だったから、そこは目こぼしの対象にならなかったし、伯爵家の手前もあったからな。
だが、もうレヴァンドフスキ伯爵家を気にする必要が無くなった。シューマッハは直に位階を戻せるし、昇進の機会も早められるさ。何せポドビエルスキ中将が当てにしている尉官の一人だからな」
それは良かった。あの気分のいい奴が割りを喰っているのは気の毒すぎる。
レヴァンドフスカ嬢の感傷や死者を軽んじるのではない。こちらとて大切な同胞を失っている。顔も名前も知らぬ者同士が対面し、武器を使うのが、戦争だ。恨みつらみは無くても、生き残りたければ、そして忠誠を誓う国家の為に尽くすのなら取るべき道は決まっている。将校なら徴兵されてきた平民と違う。
「レヴァンドフスキ伯爵家のきょうだいたちは揃いも揃って個性的だ。当主は実に有能な投資家で鉱山やら土地をうまく手に入れているのに、長男はどちらかといえば学者気質、戦死した二男は遊び好きで派手な伊達男だった。惜しいことに妹御の気の強さが軍人に向いているようだ」
マテウシュに、トマシュ、ヨアンナ、全員キリストの弟子の名前から採ったのか。聖人に因む名付けをするのが習慣なのかも知れない。
「どちらかというとあまり官僚、政治家向きのご一家ではない印象ですよ。レヴァンドフスキ伯爵家はヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵家には及びませんが、商工業への投資に目を向けているようです」
ローデンブルク伯爵がさり気なく語り掛けた。しっかりと話を聞かれていた。
「ランゲンザルツァで輜重隊のルドルフ・シューマッハ中尉と知り合いになりまして、それで色々とつながりがあるのです」
「ほう」
「フロイライン・レヴァンドフスカはどうもご自身の魅力の活かし方を知らないようです。その点、伯爵夫人はお美しいだけでなく、素晴らしいセンスをしていらっしゃる」
「わたしが褒められるのは夫のお陰ですわ」
二人とも仲睦まじい様子である。一時期不仲だったとアグラーヤから聞かされていたが、まるきり嘘のように思えてくる。いや、男女の仲、夫婦間の問題とやらは傍から見ていて判らないものだ。もしかしたら、宿に帰ったら気まずく過す可能性だってなくはない。
「アレティン中尉に先程から注目なさっているご婦人方がおいでですよ。中尉は簡単に惑わされる方ではないようですが、ご婦人方を惑わせる魅力をお使いにはならない?」
「さて、自分にそんな真似ができるのか疑問ですが、もしそうだとしても、この場では自重しておきましょう。出向してきたばかりで悪評が立ったら、自分を見出してくださったリース大佐やヴェーデル大佐に申し訳が立たなくなります」
「賢明だ」
少佐と伯爵が異口同音に言った。
ここでは愛想よくする立ち振る舞いを貴族の伊達男から見習うようしておこう。陸軍関係者が多い場所だ。俺が愛想を浮かべて、貴族の機嫌を窺い、ご婦人に対して親切に振る舞うのは巴里に行ってから。
ねじ曲がりそうな気分を押さえこんで、宴のあちこちを観察し、仕草を真似られるようにしてみよう。