九
レヴァンドフスカ伯爵令嬢の気の強そうな顔が若さ故の性急さを感じさせる。白地に花をあしらった刺繍や淡い水色のリボンが胸元や袖口、スカート地に並び、年若い女性らしいドレスだ。ベルリンアイアンの髪留めと腕輪に、瞳の色に合わせてであろうエナメルに大粒のダイヤを嵌め込んだ首飾りをしている。鮮やかな青色と組み合わせているからとダイヤを身に着けてきたのだろう。ラヴェンダーの花を髪に飾っているのは、せめてもの愛嬌だ。
アデライーダのドレスは一見生成りに見えるが、刺繍が入り、レースで縁取られた薄物がドレス地に重ねられ、複雑な光沢と陰影を与えている。赤い貴石の――ルビーかガーネットか俺には見分けられなかったが――耳飾りと首飾りが落ち着きと気品を添えている。
若々しく活力ある魅力と、洗練された佇まいの同居は難しいらしい。アデライーダの娘時代、顔立ちは整っていたが軽い印象だったと覚えている。今は軽佻浮薄といった侮られやすいものではなく、安心して会話を楽しめそうな明るい人懐こさが現れている。軽快さを一つの魅力に転じさせている。
貴様は未婚の年若い女性が苦手なのだろうと言われればそれまでだ。結婚する気のない人間には、既婚の女性の方が気兼ねしないから。
大分逡巡してから、やっとレヴァンドフスカ嬢は口を開いた。
「初めまして、ヨアンナ・レヴァンドフスカです」
「初めまして、オスカー・フォン・アレティンと申します」
兄もだったが、妹も右手を出してこなかった。そこは別に気にしない。
「フリース将軍から兄の話を聞きました。あなたがもっと早く馬を撃っていればと、わたしは悔しく思っていますの」
戦場での命の遣り取りにそう言われても困る。
「何故そのようにお思いなのですか?」
どうして理解してくれないのかとでもいうような不満顔でレヴァンドフスカ嬢は答えた。
「もっと早く馬を止めていてくれれば、兄の命は助かったかも知れないと考えているのです」
誰かが失笑したかも知れない。レヴァンドフスカ嬢と兄はさっと表情を引き締めた。軽んじられているのは亡くなった少佐か、この兄妹か。
「しかし、小官はあの時プロイセン軍と戦闘していた国の者です。馬を止めてなお兄上が立ち向かって来られたら、小官は兄上を撃たなければなりませんでしたよ」
それでもレヴァンドフスカ嬢は引かずに続けた。
「兄があなたを撃ったかも知れませんものね」
「それは神様のご判断です」
「あなたが信心深いようには見えませんわ」
精一杯の厳しさを装っているのだろう。俺を睨みつけているようで、きつく言い返されたらどうしようと迷っている目付きだ。気が強い小娘も面白いかも知れない。
「戦場から帰って来ると、色々と思うことがあるのです」
「そうですか、あなたには兄の件ではお礼を言わねばと思っていました。今晩叶えられてよかったですわ」
小さな嵐は、ご機嫌ようと告げて去っていった。
「アレティン中尉、気にするな。レヴァンドフスキがあの時息があったとしても、貴官を撃てなかったよ。あれは軍人に向いていなかった」
失笑を洩らした一人なのだろう。佐官がそう俺に言った。
「既に終わった戦いに仮定を持ち出されても意味がありません。それに、小官はあの時、本当に敵国の人間でしたから」
「レヴァンドフスキを亡くしたよりも、貴官を我が軍に引き入れられた益の方が大きい」
どこまで信じていいものやら。しかし、有難く受け止めよう。
「信任、有難うございます」
ローデンブルク伯爵夫妻も、嬉しそうに聞いていた。
自分が一体何の為に、どう役に立っていくのか、意地悪く自分自身を視る俺がいる。
参考
別冊太陽『永遠のアンティークジュエリー』




