七
宴の主催者を、どこぞの伯爵と名前をよく聞かなかったが、きちんと確かめてみればプロイセンの重要人物だと知った。プロイセンのフリードリヒ王太子付きの参謀のレオンハルト・フォン・ブルーメンタール伯爵。軍人の家系で、王太子付きとなれば陸軍でも、国内でも重鎮の内に入るだろう。その人物の邸宅での宴なのだ。主に軍籍にある貴族を招待しての、春の慰労のような席らしい。
来る倫敦会議の結果次第でフランスと小競り合いがあるかも知れないから、景気付けをしておくつもりなのだろう。
併合された国の人間として居心地がいいかは別なのだが、仕事として、和やかな雰囲気に合わせていよう。女性が多く来ているので、俺は参謀本部から来たもの慣れぬ新人の顔をして、上官の側にいた。
「ご機嫌よう」
総参謀長夫妻が来て、参謀本部の面々に声を掛けていってくれた。
「気の利いた話をしようなどと気取らず、ゆったりと」
モルトケ閣下は言葉少ない。しかし、いいことを仰言ってくださる。夫人はニコニコとして、さえずっている。俺よりは年齢が上だが、イギリスの出身にしては茶目っ気のある女性だとつくづく感じる。
何組かの貴族や軍の高官のカップルと挨拶を続け、愛想の努力に疲れてきた頃、また別の組が近付いてきた。
「中尉、ハノーファーからのお客様だ」
少佐の声ではっとした。近付いてきて、足を止めたカップルに少佐は挨拶し、俺にも自己紹介を促した。俺の挨拶に、相手側の女性は微笑んだ。
「わたしを覚えていらっしゃるかしら?」
金髪で、ハノーファーからの客人とすると、アグラーヤの姉のアデライーダか。よく覚えていないが、どことなく、アグラーヤやアレクサンドラと似た所がある。
「もしかして、フロイライン・ハーゼルブルグの姉上ですか?」
俺の答えに、アデライーダはぱっと表情を輝かせ、男性の袖をそっと握り直す。物問いたげな男性がアデライーダの方を向いた。アデライーダは、この方が、と耳元で囁いた。男性は心得たように肯いた。
「妻や義妹からお噂は聞いております。カレンブルクのアレティン中尉どのですね。
ハノーファーからまいりましたハインリヒ・フーゴー・ベルトラム・フォン・ローデンブルク伯爵です。初めまして。紹介するまででもないですが、こちらのアデライーダの夫です」
近いうちにぜひ会いたいと返事をもらっていたが、この場で会えるとは意外だった。向こう側も同感だったらしい。
「義父からも色々とお話は聞いていましたから、いずれお会いしたいと考えていましたが、何しろ多忙でして、なかなかきちんと時間を決められませんでした。いや、この席でお会いできて良かった。これからもよろしくお付き合い願いたい」
と、右手を差し出してきた。ハーゼルブルグ子爵からどう話を聞かされていたのだろうかと、不安交じりの気持ちを面に出さぬようにして、俺は握手した。
義妹にあたる女性と関わりのある騎士爵の士官を、爵位持ちの貴族がどう見ているかは判らない。ただ、アグラーヤの観察どおり、美しい妻を持った地味な男性という印象は当たっている。どのくらいの耳と目を持っているかは、ここでは量れそうもない。
「中尉のご活躍は聞いております。ハノーファーでもランゲンザルツァの戦いは語り草です。妻の妹の話では負傷なさったとか」
「ええ、左足に。今は完治しました」
「辛い結果でした」
「精一杯努めました。ハノーファー国王の戦場でのご決断は正しかったのです」
「ええ」
隣の少佐に遠慮はある。周囲の士官たちは事情を飲み込んでいて、口を挟んでこなかった。だが、嘆き合いをしていてはしらけさせてしまう。
「プロイセンの電光石火の動きで包囲されましたから。見事な動きでした」
普墺戦争の話はこれで切り上げだ。
「アグラーヤはアグラーヤなりの生き方を選択しましたから、もう何も言えませんわ。あの子は立派にやっているようですもの」
アデライーダは、お判りでしょうと言外に匂わせながら、微笑む。以前にあった時は知性的に姉と妹に劣ると印象を抱いた記憶しかなかったが、結婚してすっかり変わったようだ。艶やかさと典雅さが身に着き、会話にも落ち着きが感じられる。
「ハーゼルブルグ子爵とそのご家族には本当に深く感謝しております」
「家族のように思ってくださって構いませんのよ」
そこまでは思い上がりというものだ。俺は小さく首を振った。ローデンブルク伯爵が重ねて言った。
「我々は仲間でしょう」
共に滅んだ祖国の為に尽力する同志として、響き合う言葉だった。




