六
夏季休暇が終わり、士官学校の新しい学年が始まる。
また厳しい生活に戻るのだと、気を引き締める。別にだらけて過していた訳ではないのだが、自分の家にいるのと、集団で生活するのは気分が違う。
「いよう、久し振り!」
「久闊」
などなど、気取った言葉を掛け合いながら、各々割り振られた部屋に向かう。
「貴様、変わらんな」
「当たり前だろう。何年もあってないような口振りじゃないか」
「休みの間に背が伸びた」
とシュルツが自慢気に言う。
「ガキのたわごとだ」
「なんだよ、貴様こそ黒檀のような髪に、雪のような肌のまんま」
「日に焼けないタチなんだからからかうなよ」
俺は日焼けしても赤くなるだけで、すぐに冷める。それをおとぎ話のお姫様の形容をされるのは面白くない。
「シュルツは鳥の巣のような枯れ枝の色、枯れ枝みたいな縮れっ毛。羨ましいだろう」
「黙れ」
「お前がさきに突っかかってきた」
顔をしかめるシュルツを無視して、俺は荷物を整理しはじめた。
ピーターゼンやシュレーダーも同じように荷物を整理している。ピーターゼンは整理整頓が上達してきた。
「やっぱここの食堂と母ちゃんのザワークラウトは違うよ。母ちゃんの料理が一番だなぁ」
「ここに来て早々、家の食べ物の話かい?」
ピーターゼンとシュレーダーは金褐色の髪の色で、シュルツの髪は強い癖毛の所為もあって、俺たち四人の中では艶が無いように見える。それでもシュルツの青い瞳の輝きは一番覇気があるような印象を与える。俺の青灰色の瞳、ピーターゼンの明るい茶色の瞳、シュレーダーの灰色、光の加減によって薄い紫色に見える瞳とはまた違う。
「ピーターゼンは蒸かしたジャガイモにバターをたっぷり乗っけて思う存分食べてきたんだろう?」
「そうさ、アレティンは?」
俺は苦笑した。
「林檎はまだ無理だ」
「そうだった」
「その代わり、ジャガイモもヴルストも食べたさ。シュレーダーはジンジャービスケットを食べたのか?」
「ああ」
とシュレーダーはうなずいた。
「それで? シュルツは鰊の酢漬けを食べたのかい?」
やっと質問がまわってきたとシュルツは笑った。
「春にいいのが手に入ったと漬けててくれたのを食べたよ」
「それは良かった」
シュルツは嬉しげだ。こいつはピーターゼンよりお家の味が恋しいのではないかとからかいたくなったが、後々が面倒なのでやめた。
二年目になると、具体的な戦術の勉強が多くなる。これまでは戦史を扱っていたが、成功・失敗を含め、戦術の例を引きながら、作戦の立て方を学ぶ。
また、武器の取り扱い方、分解して組み立ててを繰り返して、実際に銃の撃ち方を練習していく。現在の戦争が銃や大砲を使用するのが主とはいえ、騎行や白兵戦の練習も怠らない。
十七歳から十八歳にかけての時期、頭も使い、身体も酷使する。まだ背も伸びるし、筋肉も付く。いくら食べても腹が減り、時間がくればバタリと眠る。
そんな中、シュレーダーがこの頃辛そうにしている。食が進まないようで、皆が食事の量が足りないと言っているのに、シュレーダーは苦労して食事をしている。動作もどこか緩慢に見える。
ピーターゼンもシュルツも気付いて、自然に三人でシュレーダーを助けるようにした。
山岳での演習で遅れそうになるのを、背嚢の荷物をシュレーダーから減らして、三人で分けて背負った。
「俺が悪いんだ。皆無理をしないでくれ」
「無理なんかじゃないさ」
「そうさ。一人遅れれば班全員の成績に係わるんだから、何も言うなよ」
「悪いと思うなら、次返してくれればいいんだよ」
「有難う」
そんな遣り取りをしながら、季節は進んだ。
俺たちの仲間を思い遣る気持ちに、運命の女神はつれなかった。