五
「俺も行くし、ほかの陸軍の士官もいる。貴官はまた挨拶回りだ。大半の出席者が女性となるのだから、軍隊での無礼講とは違う振る舞いを心掛けてくれ」
「はい」
確かに今まで男ばかりで飲んではいたが、カレンブルクで無礼講ばかりやっていたと思っているのかと、胸の内で舌を出した。
「貴官はまだ総参謀長殿に面会していなかったな」
「はい」
「総参謀長殿も一緒だ。宴の前に顔を出しておけるように副官に確認しておく。ラシーヌを諳んじられるのなら、案外話が合うかも知れんぞ。
お若い頃に小説を書いたり、ローマ史の翻訳をしたりと、文筆の仕事で収入を得ていた時期があり、古典には通じていらっしゃる」
学者になりそびれて軍人になったのか。どこかの誰かのようだ。
「総参謀長殿はご夫人を同伴なさるが、我々はその必要なしでいいそうだ。その分振る舞い方にはご婦人のチェックが厳しいと覚悟しておくことだ」
「はい」
女性を連れていない士官が何人かいるなら、珍獣扱いはされないだろう。併合された国から来たと質問が来るか、知らぬ振りをされるか、どちらにしても愛想の良い態度でいられるようにしていよう。
宴席の一つ、卒なく過せなければ、伯林まで出向してきた意味がない。この人事は間違いだったと、失態を見せれば故郷に戻れるほど、組織は甘くできていない。愚か者と参謀本部から即返品されたらカレンブルク軍も要らないと考える。それよりもカレンブルク軍に人材があると俺自身が示さなければ、やはり敗けるだけの国だったのだと侮られ続ける。故郷と、故郷の人々への為にも、意に染まぬ仕事であろうと、実績を残さねばなるまい。
総参謀長との面会と聞いて、アグラーヤの姉夫婦――ローデンブルク伯爵夫妻にまだ直接の連絡を取っていなかったのを思い出した。カレンブルクとハノーファーの為に働く方々だ。挨拶を怠ってはならないな。
あちらとて軍部とのパイプは――既にお持ちかも知れないが――あった方がいいのだから、無碍にはすまい。
忘れていたと、少佐が付け加えた。
「総参謀長殿の奥様と会われた時は驚いた顔をしないように気を付けておけ。奥様は二十歳以上年齢が違っている」
モルトケの夫人はイギリス出身で、親子ほど年齢が違うとどこかで聞いた覚えがある。とすれば、四十くらいの年頃だろう。
「孫ほど違うのではないのようですから、大丈夫だと思います」
「まあ、そうだろう」
と、少佐は苦笑した。
その日の勤務を終えて、ハーゼルブルグ子爵から預かった紹介状の住所へ、ローデンブルク伯爵夫妻への面会を願う手紙を送った。
翌日、午後の勤務で、従卒がやって来て、少佐に何か告げた。少佐は笑って俺に声を掛けた。
「総参謀長殿がこれから午後の休憩で一服なさるそうだ。新入りの顔を見ていなかったから、呼んで、付き合うようにとご伝言だ」
「はあ……」
気の抜けた返事をするなと、少佐は小突く真似をした。とにかくお呼びなのだから、と従卒に扉を開けさせ、少佐は先に立って部屋を出た。
俺は卓上を手早く片付けて、後に続いた。従卒が待っている。
「奥様がお茶を淹れてくださるそうです」
ああ、ご夫妻でこちらにお部屋を持っていらっしゃるそうだから、ご一緒に休憩時間をお過ごしになるのか。仲がいいのだろう。
従卒が扉を叩き、フランス部の方を連れてきましたと、総参謀長の部屋の扉を開けた。
そこには、ヨーロッパ随一の作戦参謀、ヘルムート・フォン・モルトケの姿があった。
「お召しにより、参上しました」




