二
「今世紀始めの維納会議でオーストリアのメッテルニヒは各国から集まった大使たちからの情報収集に多くの女性たちを使ったと聞いている。こういうことは前例でもなんでもない」
「人類最古の職業を大いに利用したといえば聞こえはいい」
しかめ面で言い返したので、シューマッハは表情を改めた。
「誤解ないように言っておけば、カティは舞台で目立つ為なら手段を選ばずなんて女性ではない。辛い目に遭ったが、なんとか立ち直って、色んな役をこなすいい女優だよ。今度は脇役だが重要な役をもらって維納にも巡業するらしい」
「あのレヴァンドフスキ少佐は一応戦死で報告されているだろうが、貴官は本当の所を教えてやったのだろう? 少しは気が晴れたんじゃないのか?」
さあね、と、シューマッハは肩をすくめてみせた。
「俺も女房も、カティも善良な人間だからね」
神は全てお見通し、復讐は神の手で行われたと口にしないでいるのは、確かに善良だ。
「貴官が参謀本部に異動になって、嬉しいね」
シューマッハは話題を変えた。
「貴官が俺についてどう報告してくれたものだか、感謝すべきか解らないな」
「前線でドンパチするのに臆する人間じゃないが、作戦立案や地勢や兵站を軽視する人間でもない、こちら側でも役に立ちそうだと、そりゃあ言ったさ。だからって上の方で、真に受けてすぐに呼び寄せやしなかったろう? ちゃんとプロイセンの連隊長が貴官の人事評価をして、身辺も洗っている。
見込まれたんだよ」
「俺としては前線にいるのが好きなんだが、多少は使えると思われたと自惚れてもいいんだな?」
「ああ」
仕事とはいえ万国博覧会を開催中の巴里に行けるかも知れないのだから、幸運だと思えよと、続けた。
万国博覧会ね、プロイセン王国はクルップ社製の大砲を陳列しているそうじゃないか。他国とは一風変わった出品だ。武骨だし、軍事に関わることだ。もう少し別の工業製品や伝統家具など出すべきではないのかね。
「確か、秋か冬の初めくらいまで開催しているから、様々な貴顕が来仏するだろう。面白そうじゃないか」
「人ごみで、うんざりしそうだ。歩兵の行進のように見学できればさいわいだよ」
「相変わらず皮肉屋だな」
ここで話していても詰まらないだろうから、何処か店に行こうかと、シューマッハが誘ってきた。ウンター・デン・リンデンをまだゆっくりと歩いて、見て回っていないだろうと一言添えた。
ウンター・デン・リンデン――菩提樹の下――、伯林の大通り。
「それも楽しかろう」
俺は誘いに乗り、シューマッハと外に出た。