一
この季節は日が長くなってきているのが実感できる。時計の針は夕方の時間帯を指しているが、まだ灯に頼る薄暗さはなかった。手紙にあった時間に合わせて部屋から出て、ロビーに行ってみると、ルドルフ・シューマッハがいて、女性たちと談笑している姿があった。
近付いていくと、俺に気付いて、シューマッハは話を止めた。
「今晩は、アレティン中尉。久し振りだな」
「ご機嫌よう、シューマッハ中尉」
握手をして、この男の変わりない様子を確かめる。
「伯林への赴任おめでとうと言っておくよ」
「有難う。貴官は先月からこちらに戻っていたとか?」
「ああ、そうだ。やっと女房と出掛けられるようになった」
シューマッハは座っている二人の女性に視線を向けた。女性たちは愛想笑いをする。
「俺の女房のエーファだ。こちらの女性は、女房の友だちでカテリナ・グリューンさん。エーファ、カティ、こちらが話をしていたオスカー・フォン・アレティン中尉だよ」
「初めまして、カレンブルクから来たオスカー・フォン・アレティン中尉です。ご主人にはお世話になっています」
「エーファです。こちらこそ主人がお世話になっています。今後ともよろしく」
「カテリナ・グリューンと申します」
見目麗しき女性たちとそれぞれ握手を交わす。シューマッハ中尉の妻は俺よりも若そうだ。幾つ違いなのだろうか。淡い色合いの金髪に、ラヴェンダーの花を思わせるような瞳の色のさわやかな印象を与えるほっそりとした女性だ。花車だから余計若く見えるのかも知れない。その友だちは年齢は同じくらいなのだろうが、華やかな印象だ。豊頬で、青い瞳に、金褐色の髪を緩やかにまとめて、粋な姿だ。
「お会いできて嬉しいですわ」
「こちらこそ」
初めて伯林に来てみての印象はどうか、街ではこんな所に行ってみると楽しいと話をしてくれた。
「後は、女は女同士、殿方は男同士で」
シューマッハの女房殿とその友だちは遅くならないうちに帰りますと、席を立った。合わせて立ち上がる俺たちに、見送らなくていいのと笑い掛けた。遅くならないようにするからねとシューマッハは女房殿の額に口付けた。
さようならと女性たちは去り、俺たちは再び腰を下ろした。
「女性と話がしたかったか?」
「いいや、紹介されるのなら奥方の友人は困りものだ」
「それならいい。カティ……、カテリナ・グリューンには、レヴァンドフスキ伯爵家の連中に会う前に会わせたかった。彼の女は女優なんだ」
「ああ……」
あの馬に引きずられて亡くなった将校に酷い目に遭わされた女性か。
「あれの兄貴が巴里によく行くらしい」
「女遊びで?」
「そこまでは知らん」
「伯爵家を継いだならともかく、後嗣の身分なら遊んでいるだけだろう」
まだ後を継いでないはずだと、シューマッハは言った。余程真面目な勉強好きでもなければ、巴里に行って遊びもせずに帰ってくる男がいるのか。
「フランスの皇帝が女好きだからって巴里の男たちが皆女好きとは限らないだろう」
女房にぞっこんのようなシューマッハはそんな話題に興味もないと言いたげだ。
「それとも貴官は巴里に行ったら、羽目を外して遊びたいと考えているのか?」
「女と付き合うのが仕事の役に立つならそんな振りをしてみるが、俺は外交官ではなく、駐在武官として赴任の予定だ。尻が軽い女なら、口も軽いだろう。危ない真似はしたくない」
「賢明だな」