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君影草  作者: 惠美子
第二章 士官学校での日々
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 士官学校での一年が過ぎ、夏季休暇で、それぞれ家に帰った。ディナスがいつもと変わらずに出迎えてくれる。俺が留守の間、屋敷の手入れのみならず、家財の管理をしてくれている。

 一息つけば、帳簿を持参し、俺に目を通しておくように言う。

「判った。おまえに間違いはないと思うが、質問しても怒るなよ」

「あるじとしてのお役目です。質問は当然のことです」

 不動産の地代、農地からの収入、投資を続けている商会からの配当金、屋敷の維持費・人件費、今までの投資額、税金、事細かに精査していくと目が疲れる。

「温室は今も使っているのか?」

「はい」

「花も胡瓜も作る必要はないだろう」

「恐れながら、旦那様がお客様をご招待する機会があれば、キュウリやセロリが入用になるかも知れません。すぐに使えるようこまめな手入れが必要です。

 それに旦那様にご家族がおできになれば、花など咲かせる必要があるかと思います。たまに鉢植えの花などを置いて、試しております」

「日向ぼっこしてるだけだろう」

「家政婦がそこで編み物をしている時があるようですが、禁止しましょう」

 そこまで俺も底意地悪くない。使用人の寒さしのぎを邪魔しても仕方ない。

「将来家族ができたら考えるから、温室の使い心地はお前たちで自由に点検してていい」

「はい、有難うございます」

 ところで、と俺は言葉を継いだ。

「はい、旦那様」

「ディナスは家族を作ることを考えないのか」

 伯母も亡くなったことだし、ディナスもいい年齢だ。独身でいる必要もないだろう。ディナスは表情一つ変えない。

「旦那様が一人前におなりになるまでは、考えられません」

「そうか、それは残念だ」

 俺は溜息を吐きたくなった。

「帳簿の内容のあらましは判った。考え事をしたい。夕食まで一人にしてくれ」

「はい、旦那様」

 ディナスは一礼して、下がった。

 父を早くに亡くした俺にとって、身近な年長の男性といったらまずディナスなのだが、彼は執事の枠をはみ出た振る舞いをしない。俺の子ども時代からいるのだから、俺の性分は心得ている。兄貴分を気取るような差し出口もない。

 生真面目なのはディナスの性分とこちらも判ってはいるのだが、もう少し自分の生活を豊かにしようとは考えないのだろうか。

 ディナスもまた俺の両親を見て、結婚や家族に夢を持てないでいるのかも知れない。それともフェリシア伯母に想いを残しているのだろうか。

 そうだな、まだ三ヶ月も経っていない。

 空色の瞳をした、気高く美しい女性。忘れられはしない。


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