五
士官学校での一年が過ぎ、夏季休暇で、それぞれ家に帰った。ディナスがいつもと変わらずに出迎えてくれる。俺が留守の間、屋敷の手入れのみならず、家財の管理をしてくれている。
一息つけば、帳簿を持参し、俺に目を通しておくように言う。
「判った。おまえに間違いはないと思うが、質問しても怒るなよ」
「あるじとしてのお役目です。質問は当然のことです」
不動産の地代、農地からの収入、投資を続けている商会からの配当金、屋敷の維持費・人件費、今までの投資額、税金、事細かに精査していくと目が疲れる。
「温室は今も使っているのか?」
「はい」
「花も胡瓜も作る必要はないだろう」
「恐れながら、旦那様がお客様をご招待する機会があれば、キュウリやセロリが入用になるかも知れません。すぐに使えるようこまめな手入れが必要です。
それに旦那様にご家族がおできになれば、花など咲かせる必要があるかと思います。たまに鉢植えの花などを置いて、試しております」
「日向ぼっこしてるだけだろう」
「家政婦がそこで編み物をしている時があるようですが、禁止しましょう」
そこまで俺も底意地悪くない。使用人の寒さしのぎを邪魔しても仕方ない。
「将来家族ができたら考えるから、温室の使い心地はお前たちで自由に点検してていい」
「はい、有難うございます」
ところで、と俺は言葉を継いだ。
「はい、旦那様」
「ディナスは家族を作ることを考えないのか」
伯母も亡くなったことだし、ディナスもいい年齢だ。独身でいる必要もないだろう。ディナスは表情一つ変えない。
「旦那様が一人前におなりになるまでは、考えられません」
「そうか、それは残念だ」
俺は溜息を吐きたくなった。
「帳簿の内容のあらましは判った。考え事をしたい。夕食まで一人にしてくれ」
「はい、旦那様」
ディナスは一礼して、下がった。
父を早くに亡くした俺にとって、身近な年長の男性といったらまずディナスなのだが、彼は執事の枠をはみ出た振る舞いをしない。俺の子ども時代からいるのだから、俺の性分は心得ている。兄貴分を気取るような差し出口もない。
生真面目なのはディナスの性分とこちらも判ってはいるのだが、もう少し自分の生活を豊かにしようとは考えないのだろうか。
ディナスもまた俺の両親を見て、結婚や家族に夢を持てないでいるのかも知れない。それともフェリシア伯母に想いを残しているのだろうか。
そうだな、まだ三ヶ月も経っていない。
空色の瞳をした、気高く美しい女性。忘れられはしない。




