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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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目覚め

 その日は、朝から特に変化がない日だった。

 朝ご飯を作り、酵母菌を作り、レギンたちの羊の毛刈りを見学し、マジックの練習をするアッフたちと昼食を共にした。その後は、家にあった布の端切れを集めて、パッチワーク用のサイズに裁断をしていた。


 前もって、布を7センチ角に切っておけば、ブリットに組み合わせてもらって、それを他の人に縫ってもらえれば便利だと悟ったのだ。昨晩も、少しアーベルに手伝ってもらい、ヨンナちゃんも暇をみては、やってくれると言ってくれた。


 ヨンナちゃんは、今晩から自分で料理を作るために、必要な材料を、弟妹とその子守りのアッフを引き連れて出かけていた。

 テディくんとカミラちゃんを荷台に乗せて、荷車を引いているアッフたちなのだが、わずか3、4歳しか違わないのに、とても頼もしくお兄さんをしているように見えた。


 私の手には余る大きな切りにくいハサミを相手に悪戦苦闘していると、顔を出したのはブレンダだった。ブリッドや他の女の子とは違って、ブレンダはズボン……この世界では、確かにそう呼ばれているが、私の世界では16世紀頃のホースと呼ばれているものをいつも履いていた。そして、その手には鞘に収まった剣が握られている。


「やぁ、エルナちゃん」

「ブレンダさん、どうしたの?」


 後ろに束ねたダークブロンドの髪は無造作な有様で、身なりをそれほど気にしていないのは見て取れる。従兄弟であるブリッドとはまさに正反対の女の子だ。


「レギンいる?」

「今日は、羊の毛刈りをしているよ」

「あっ……じゃぁ、手はあいてないか……」

「何かあったの?」

「いや、ダーヴィッド伯父さんが、例のあの人が目を覚ましたって伝えてくれって……」

「あっ、じゃぁ、どこの誰だか解ったのかなぁ〜」


 ブレンダは、私の言葉に『う〜ん……』と考え込むようにして、私の疑問には答えてくれなかった。何だか複雑そうな話しになっていそうなので、取りあえずブレンダを引き連れてレギンが毛刈りをしている厩舎前へ向かった。


 レギンとアーベル、そしてアランさんは羊の毛の山に埋もれて毛刈りをしていた。私の知る世界のヒツジよりも、モフモフ度が高いと思っていたが、それを現実に実感できた。辺り一面が羊の毛で溢れ返っていたのだ。

 レギンたちが、ヒツジで生計を立てていると聞いて、思った程に牧草地が狭く、ヒツジの数が少ないと疑問に思っていたが、作業をはじめて、鐘2つ分で人が隠れてしまうような羊の毛の山になるのだったら、私の世界と比べてかなり効率が良い。


「レギン〜! どこ?」

「ここだ」


 声は聞こえるけど、姿が見えず。その代わり、羊の毛の山から顔を出したのはアーベルだった。


「やぁ、ブレンダ」

「《禁忌の森》で見つかったあの人、目を覚ましたから、レギンに来てもらいたいって、ダーヴィッド伯父さんが……」

「えっ? それで、どこの誰だったの」

「う〜ん……」


 アーベルの問いに、やはりブレンダは言いよどんだ。ようやく、レギンが顔を出し、アーベルが改めて尋ねるとようやく話し出した。


「えっ、何?」

「う〜ん……何か、良く覚えてないみたいなんだよね」


 私とアーベルは顔を見合わせた。

 良く覚えてないとは、どう言うことなのだろうか。まだ、目覚めて間もないのだから、混乱をしているのかもしれないとも思える。

 しかし、ダーヴィッド村長がレギンを呼び出す理由が解らない。ブレンダが言うには、村長さんはエッバお婆さんの所にいると言うのだ。


「……解った、今、行く」


 レギンも何か可笑しいと思っているのか、すぐに手に持っていた道具をアーベルに渡すと、ブレンダを先導するように歩いて行ってしまった。

 私も興味があったのだが、レギンの背中からは着いて行くとこを許さない雰囲気がひしひしと伝わってきたのだ。


「まさか、あの人も記憶が無いのかな……」


 アーベルが呟いた。


 謎の男が《禁忌の森》で見つかって、私と関係があるのではないかと言う推測をしていた。その理由は、《禁忌の森》に入って無事だった人が居ないし、よそ者がその森で見つかるなどは過去には無かった。何せ、《禁忌の森》の危険性は、この国の人々なら誰でも知っていると言うのだ。

 しかし、その前代未聞の出来事が、2度も起きたのだ。これは、私とその男との間に何かしらの関係があると考えるのが自然だ。

 そして、その上、その男の人の記憶も怪しいと言うのだ。こんな偶然が立て続けに起こりうるのだろうか?


 私とアーベルは、しばらくその場でレギンの後ろ姿を無言で見送った後、アーベルは羊の毛刈りに、私は麻袋に羊の毛を詰める仕事をした。

 もう、ぎゅうぎゅうと押し詰めて、そこらへんに転がしておく。後で、重さを測ってさらにぎゅうぎゅに詰めて袋の口を縛るのだそうだ。

 羊の毛の山を見たときに、この世界のヒツジのモフモフ度を思い知ったのだが、麻袋に入れてみて更に思った。羊の毛が入った麻袋は増えてくのだが、羊の山は全然減っていかないのだ。ひょっとしたら、入れているそばから、羊の毛が地面から湧いて出ているのではないか……仕事があまり進まないので、ついついそんな馬鹿なことを考えてしまった。


「エルナ、あんまり無理しなくていいよ。どうせアッフたちが帰ってきたら、やらせるからさ」

「うん……でも、こんなに麻袋に詰めているのに、全然減らないと意地になっちゃうよ……」

「あははは、そう言うときは、別のことを考えながらやるのがいいよ」


 アーベルは笑ってそう言うが、今の私の考えながら〜なんて無理だ。考えることといえば、《禁忌の森》の男のことを考えてしまい、そして自分の思考が嫌な方向に流れていくのが解っているのだ。

 だが、今ここでいくら考えても、推測に推測を重ねるだけになり、気分が重くなるだけなのを良く解っていた。







 レギンが戻ってきたのは、それから、鐘1つ分くらいたった頃だった。その表情から、何かを伺えるわけではなかったが、それでも、何があったのか聞くのに少し勇気がいることは確かだった。

 言いよどみながら立ちすくむ私とアーベルに、レギンは何かを言おうと立ち止まった。それとも、私たちが何かを言うのを待っていたのかもしれない。

 それは半分当たっていたが、半分は全く予想できる言葉ではなかった。


「エルナ、俺と一緒にエッバさんの所に行こう」


 私とその男を引き合わせると言うのだろうか? レギンとアーベルは、私とその男と関係があるのではないかと警戒していた。尚且つ、ニルスによるとその男はとても強いと言う。まぁ、ニルスのその予測がどれだけ正確なのかは解らないが……。


「大丈夫だ、俺も着いて行く」

「……うん……」


 差し伸べているレギンの手を握った。

 どう言うことなのか解らないが、レギンが大丈夫だと判断したのだ。私はその判断に従うことに決めた。

 でも、私の不安は完全には払拭されることはなかった。私が恐れるのは、あの人が悪い人ではなくて私がどこの誰だか知っていたらどうしようと言うことだ。

 そうだとしたら、私はこの体がもといた場所に戻らなければならないのだろうか?


 そんな不安を覚えつつ、レギンに尋ねることもできなかった。私はレギンに手を引かれて、テグネールのメインストリートに向かうための道を歩いた。


 《禁忌の森》には魔獣がいる。だから危険だし、注意を怠らないとは言うが、私が見る《禁忌の森》は、いつも静で穏やかな感じなのだ。この村の人たちはみな、《禁忌の森》が村人の命を脅かすことを知っている。故に注意を払っているし、80年にも渡って《禁忌の森》の境界線に壁を築き続けているのだ。

 そう思うと、《禁忌の森》は危険なのは理解できるのだ。が、やっぱり私には、普通の森なのだ。もっと、オドロオドロしい感じだったら解りやすいのに……ああ、もしかしたら、《禁忌の森》から魔獣が出て来るのを防ぐ為の壁であり、境界線が曖昧な様子の《禁忌の森》との境界線をはっきりさせる為のものなのかもしれない。私が見ている森は、まだ《禁忌の森》とは言えないのかもしれない。


 そんな現実逃避(?)をし続けても、エッバお婆さんの所に着いてしまう。

 レギンも歩みを止めることはなく、自分の家に入るように、私の手を引いて、お婆さんの家の扉を開けた。

 自分が少し緊張して、警戒していたからだろうか、同じような空気が家の中に満ちているのかと思った。が、これは予想できなかった。いやいや、想像できる人なんていないよ。


「まったく、馬鹿なことを言うんじゃないよ」

「あははは、そりゃぁひでーな!」


 室内、大爆笑の真っただ中でした。


 部屋の中には、レギンと私以外に4人の人間がいた。私の見知った顔は、エッバお婆さん、村長さんだけだ。

 当の《禁忌の森》の遭難者である男は、椅子に座って食事をとっていた。《禁忌の森》で見つけた時とは違って、無精髭が残っていたが、かなりこざっぱりしていた。思いのほか奇麗なブロンドの髪は、かなり長めだった。瞳はちょっと、驚く程の淡い色で、何色と表現して良いのか解らない。

 その男は、楽しそうに笑っていた。


「前に扱ったことのある商品で、キャラクで捕れる薬草で作られた『若返りのハーブティー』と呼ばれているものを売ったことがあるんだ」


 男はそんな話しをし出した。


「俺も飲んでみたんだけど、若返るのかは別として、さっぱりとした味で美味しかったんで売ってみることにしたんだ。あれは……サムエルの町だったかな……市場がたっている賑やかな時に、集まってきた人に『若返りのハーブティー』って言って売ったんだよ」

「また、胡散臭いことを……」

「村長さんもそう思う? 俺もそう思ったんだけどさぁ〜」

「売っている方がそんなんでどうする!」


 私の知らない人の一言で、また家の中は笑いに包まれた。


「でもさ、驚いたことに、女性のお客さんの目が光ったんだよね。キラキラ〜って。こりゃ、いけるって思ったね。最初の数人にお買い上げいただいて、この後に残るはちょっと背中を押してやれば、買ってくれそうな客が残る。で、俺は『10歳は若返るよ〜』って言ってやったんだ」

「胡散臭いねぇ〜」

「あははは、俺もそう思っているんだけどさ、それでも買おうかどうしようか迷っていそうな女性がいたんだ。ここからが、商人としての腕の見せ所だ。この後一押しで買ってくれるお客をその気にさせるのが大切になってくる。その女性は、小さな女の子を連れていたんだけどね、これがなかなかのべっぴんさんで……」


 ええ〜っと……どうしてこんな話しになっているのか解らない。その上、この話しがどこから始まって、どこに向かっているのかも解らない。何が重要な話しなのか……とも思えないのだ。

 でも、誰もこの話しを止めようとはしないし、もしかしたら、私とレギンがここにいることも気がつかれてない気がする。


「もう一押しだって思って、どんな言葉をかけようかと、俺の頭はもの凄い勢いで考えだした」


 そこで男は、匙を村長さんに向けて、少し間を置いた。


「と、その時、その女性が連れていた女の子がこう言ったんだ。『私、飲んでみたい!』って」


 そこで話しをふたたび切る男。どうしてそこで話しを切ったのか解らないが、驚くことに皆は静に男の話しが始まるのを待っているようだった。


「俺は、その女の子の一言で、チャンスだと思ったんだけどなぁ〜。これで、母親の心が動くかと思って、追い打ちを掛けるように売り込みをしようと口を開いたんだ……けど……」


 そして、一口スープを口に入れる。


「母親は、そう言った子供をぎょっとした顔をして見て言ったんだよ……」


 手にもっていた匙を両手で握って、男は言った。


「死ぬわよ!……って……」

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