お叱り
30歳目前で、子供達に囲まれて正座をさせられるなんて思わなかった……。
「もう、エルナ……」
呆れたような声のアーベル。
「だから、これは手品といって、仕掛けを作って驚くようなことをするだけで、本当に人はいなくならないって」
「でも、本当に心臓に悪いから止めて」
「はい……ごめんなさい」
「アランさん、ベアタちゃんもごめんね」
「ごめんなさい……」
手品をして、怒られるなんて……夢にも思わなかった。
「あっ、これ、蓋になってる……」
ブロルとダニエルは、私が怒られている間にテーブルや箱をいろいろ調べていた。勿論、手品のタネなんてすぐに見つかるものだ。
「箱の底が開くようになっている……」
「だから、ヨーンはテーブルの下に入れたのか……」
大掛かりな手品を見たこともないこの世界の人は、タネや仕掛けがあるとは夢にも思わないのだろうか? それとも、魔法なるものが存在しているので、仕掛けなども魔法で済ましてしまう思考なのだろうか?
しかし、人体切断なんかのマジックをしようものなら、大変な騒ぎになっていただろうと思った。やらなくってよかったと、ほっとしたと同時に、まだまだ私には、この世界の人の純朴さを甘く見ていたのだと思った。この部分は、本当に注意しないと、私は周囲にトラウマをまき散らす、ちょっとした歩く厄災になりかねない。
ありがたいことに、私へのお説教はすぐに済み、タネ明かしの時間に取って代わってくれた。そして、最後に用意していた蝋を塗った布が張られた木枠の中の煙を、丸く開けられた穴から煙が出るという手品を見せることができた。
人が居なくなる手品は、村人が怖がるので止めることになった。その代わり、他のものを入れて、違うものになるという手品に代えることになったのだ。例えば、ポテトを1つが沢山のポテトに変わるというものになった。
手品の順番とか、シナリオとかはアーベル監修のもとに行われることになり、私は意図せずに丸投げするだけでお役御免となった。
「野菜や果物が、増えて出て来るって言うのもいいけど、犬が猫になるとかも面白いかも!」
「犬が人になったりとか?」
「ああ、それって面白いよね。最初に犬を入れて、中から人が出て来ると、耳と尻尾がある人間とか?」
「あははは、それでもう一回出てくると、ちゃんとした人間になるとみんな驚くよ〜」
思いのほか、ヨエルが色々な案をどんどん出してくれる。それを更に膨らませるのはブロルだった。でも、ちょっと待って、犬が人間になって耳と尻尾がついているって……それはそれで、村人たちから悲鳴が上がらないのか? と思うのだが……。
「アーベル……耳と尻尾のはえた人間に、村人は怖がらないの?」
「どうして?」
どうしてって、こっちが聞いているんですけど? 人が消えることには、ベアタちゃんの反応を見ると悲鳴を上げたくなる程怖いことなのに、人に耳や尻尾が生えるのは怖くないと言う……わかんないぞ!
人が消えるのが怖いのは、私の世界の人も共通の恐怖だから理解できるが、人間に耳と尻尾が生えてきたら怖い。長い歴史の中で、そんな事実は聞いたこともないのだから……いや、待てよ……尻尾の生えている子は生まれるんだった。それでも私の世界の人は、耳と尻尾が生えてくると言う事態の方が大騒ぎになるだろう。
ん……、と言うことはこの世界では、突然に耳とか尻尾が生えてくる人がいるのだろうか? もしかして、ゲームやファンタジーの世界で登場する獣人とかいるのかもしれない。
でも待てよ……「獣人っているの?」という質問はいかがなものか。いたら問題は無いが、いなかったら何それ? となってとても面倒くさいことにならないだろうか?
どうして? と疑問を投げかけられている私としては、さらに「どうして?」と言いたいのだが、ここはニッコリ笑って誤摩化しておくことにする。
とにかく、人が消えるのは無しだ。
夕食の後は、アランさんとレギンとで明日の毛刈りの計画を話し合っている。アッフとアーベルは手品の催しの台本を考えている。台本を実際に書いているわけではないが、どんなセリフを言えば人の注目を集めることができるのかを考えているのだ。
私は、暖炉の前でベアタちゃんとヨーンくん、そしてテディくんとカミラちゃんとお話をした。お話というより、今日一日の報告みたいなものだ。勿論、テンション高めのテディくんとカミラちゃんのお話を聞いてあげるだけのことだ。彼らの毎日は、刺激でいっぱいのようだ。
そのお陰か、テディくんとカミラちゃん幼児組は、すぐにお眠タイムに突入してくれる。そうなると、今度はヨンナちゃんとヨーンくんから生活での困ったことや、不便なことを聞き出すことになっている。
アランさんの話しでは、家事の殆んどをヨンナちゃんがやっているようで、生活のことはヨンナちゃんから聞くほうが早いと言うことだ。でも、アランさん家はとても生活が苦しくて、あるもので我慢する生活が当たり前のようになっている。だから、不便はないかと尋ねても、前の生活と比べると全然問題ないと言うのだ。
「おとうさんが、仕事で遠くへ行かないからうれしい」
ヨーンくんの一言で、何とも言えない気分になった。幼すぎる兄弟だけで夜を過ごすのは何と心もとないか、想像することしかできなけど惨い現実がこの世界にはきっと沢山あるのだろうと思う。もしかしたら、彼らは幸せな方なのではないか?
この世界に来たばかりの私は、全てを知っているわけではない。それも、ベアタちゃんたちの家族に出逢わなければ、この長閑なテグネールでは知ることの無かった事柄だろう。国の繁栄は底辺の底上げだと言うことを、この国のお偉いさんが理解しているのだろうか……それとも、それを教えたアルヴィース様はいたのだろうか?
まぁ、このテグネールでも、働き手が怪我をしたり、長煩いをしていて生活に困っている家庭を救うことから始めるしかない。
「エルナちゃんは……学校へ行ってる?」
「ううん、今度から行くみたい……。ベアタちゃんは?」
「……」
学校の話題を振ったのはベアタちゃんなのに、何故かそこでモジモジとしながら言葉を濁す。
「私も……お父さんが学校に行けって言うの……」
「うん……」
「でも……私、もう9歳だし……」
9歳と言うと、ヨエルと同じ歳だ。アーベルが、剣の稽古もいいけど文字も覚えて欲しいと言っていたのは、いつのことだろうかと考えてみた。随分と最初の頃だと思うのだが……。
「9歳だから?」
「9歳なのに、字が……その……」
「書けないの?」
私の一言で、目を大きく見開いて、何故か潤み出している。やばい、言ってはならないことを言ってしまったようだ。
「か、書けないのはダニエルだって一緒だって!」
「……」
ベアタちゃんの目から、ぽろりと涙が落ちた。凄い罪悪感が私を襲った。こんな子供を泣かせてしまうなんて、一生の不覚だ。
「ベ、ベアタちゃんは学校に行ってたの?」
ふるふると首を振って否定する。想像するに、幼い弟妹達だけにしておけなくて行けなかった? それとも学校とやらが遠くて行けなかった?
九歳にもなって文字が書けないから……恥ずかしいのかな? でも、それは家の事情があったわけで……と思ったが、それは大人に対してのみ通じる言い訳で、子供には通じない。子供は残酷で、その事情とか理由とかは意味を無さないのだと思い至る。学校で、ベアタちゃんが9歳なのに文字が書けないのが異常な事態なのだとしたら、きっと揶揄ったり囃し立てたりする馬鹿者が登場するのは容易に想像できる。
「俺がなんだって?」
突然、天から声が降り注ぐ。勿論、声はダニエルのものだってすぐに解ったが、思わぬ近くからの声に驚いた。ダニエルは、私の真後ろで両手を膝に手を当てて前傾姿勢で私の後頭部に向かって話しかけていたのだ。
「なっ……」
「あっ、エルナ……ベアタを泣かせちゃだめだろう」
ダニエルは、ベアタちゃんが泣いているのが見つけると、私が想像するとは全く違う反応をした。ダニエルのことだから、『あっ、こいつベアタを泣かせてる〜』と言うのかと思ったが、以外にもお兄さんの対応です!
「ち、違うの……私が勝手に泣いて……」
「ご、ごめんなさい……私が……」
「で、俺が何だよ」
「いや、ダニエルは文字が書けないって言う話で……」
スコーンと素晴らしい音がして、後頭部を叩かれたのに暫く気がつかなかった。
「いた!」
「苦手なだけだ!」
「暴力反対!」
私の文句を無視して、どうしてだかダニエルは腰に手を当てて、偉そうにふんぞり返っていた。
「エルナより書ける」
まさかそんなに偉そうにする理由がソレ? と、口は動くのに言葉が出てこない。
「でも、エルナちゃんはまだ学校に通ってないし……」
「それでも、俺の方が書ける!」
それは、「赤ん坊よりも出来る」と言っているのと同じではないか?
まぁ、ダニエルの言い分はともかく、子供のヒーローが読み書きが未完成で、それが同じ学校に通うとなれば、ベアタちゃんが読み書きが出来ないとしても、それを揶揄う子供はいないだろう。何故なら、それはダニエルを揶揄うのと同義だからだ。
そんな怖いもの知らずは、きっとテグネールには存在しない。
「9歳でも読み書きが出来ないのがいるんだから、ベアタちゃんは安心していいと思うよ」
「え?」
「そんなことで揶揄う子がいても、それは、ダニエルにも当てはまるんだし」
ダニエルは無言で私の頭を鷲掴みにする。
「そんな命知らずなことをする子は、この村にはいないよ」
ダニエルを無視して話し続けるが、だんだんとダニエルが手に力を入れて来る。もちろん、段々と痛くなってくるのだが、早口で言うべきことを言ってしまった。これで、これ以上は痛くならないと思っていたのだが、そうは問屋が卸さななかった。
私の言葉の語尾にかぶるように、ダニエルが「イテッ!」と叫ぶと、私の後頭部にもの凄い衝撃を受け、私は前のめりに押しつぶされた。
私の真後ろに立っていたダニエルが、何故だか人に覆い被さってきたのだ。
「ぐぇ」
痛みを耐えるような声を出すばかりで、ダニエルが私の上からどく気配はなかった。一体、何が起きているのかもわからず、身動きがとれなくなた。
「あ〜、ごめんよエルナ」
声の主はアーベルで、その手によって救出されたのはきっとすぐだったのだと思うのだが、私には結構長い間だったような気がする。
「ダニエル、女の子に暴力を振るうなんて、最低だぞ」
「つぅぅ〜」
ダニエルの下から救出されてみると、ダニエルはしゃがんで頭を押さえていた。
なるほど、ダニエルが私の頭を鷲掴みにしたので、アーベルが拳骨をお見舞いしたのだろう、ダニエルはそのまましゃがんで痛みを堪える図になったのだ。私の真後ろに立っていたので、私は巻き込まれることになったのだ。
「エ、エルナちゃん、大丈夫?」
心配して立ち上がったベアタちゃんは、驚いたように目を大きくしていた。そして、私とダニエルを交互に見ていた。
「いて〜よ、アーベル!」
「イタイよじゃないよ、前にも兄さんにエルナに乱暴するなって言われただろ」
「ちょっと、頭を掴んだだけじゃないか」
「それは、暴力だ」
いや、そんなに痛くなかったのだが、あれも、レギンとアーベルには暴力になるらしい。本当に過保護である。
「アーベル、そんなに怒らないで」
「……エルナがそう言うなら……」
「ったく、なんだよ〜」
本当にそうだよね。私は長女なので、上に兄弟はいない。世間では良く上に兄弟がいたら、どうなってたのだろう? とか、「お兄さんが欲しかった」「姉が欲しかった」と言う話を聞く。でも実は、私はそんなこと思ったこともない。何故かと聞かれると良く解らないのだが……。
私は、29歳の大人だし、何でも自分で責任を取る覚悟で人生を選択してきたし、特に誰かの手助けなしに自分一人でやってきたのだ。でもここでは、今は私を妹のようにかばってくれる2人の兄がいる。そう言えば、ヨエルだったダニエルだって、私と歩く時は手を繋いでくれたことがあった。本来の私よりずーっと年下の男の子なのだが……。
私にとって、戸惑うばかりだ。
「ダニエル、ベアタちゃんは妹と弟の面倒をみないといけないから、学校に行けなかったんだって。だから、学校に行ってベアタちゃんを揶揄う子がいたら、ガツンとやっちゃって」
「そんなことで揶揄うヤツなんていないさ。そんなこと言うヤツは、ガツンとやってやるよ」
少し涙目ながらも、ダニエルはそう請け負ってくれた。
「ダニエル……『そんなこと』じゃないんだけどな……」
アーベルは、深い溜め息をついた。
そう言えば、ダニエルたちはまだちゃんと読み書きが出来ないと言うことだが、それはどれくらい不味いことなのだろうか? 9歳と言えば小学校3年生だと思うのだが、私の世界の子供は、漢字のことはあるが、大概のものは読み書きできると思うのだが……。
読み書きって、どうやって教えているのだろう?