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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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マジックショー

PCが壊れ、データが部分的にやられ、思いのほか登場人物が溢れ返り、世界がひろがってしまったものをまとめ、あれやこれやで時間をとられてしまいました。

まだ、いろいろと問題がありますが、3日に1度のペースで最初は進めていきますので、よろしくお願いいたします。

 ブリッドにパッチワークのカバーを続けてもらうことを了承してもらい、尚且つ、この仕事に興味がありそうな人にも声をかけてもらうことになった。


「そうだ! 前にマットレスを譲ってくれたでしょ」

「友達に使ってもらいたいって言ってたものだね」

「そーそー、凄く喜んでくれたの」

「じゃあ、症状が出なかったんだ」

「くしゃみも出ないし、体も痒くならなかったって」


 以前に、マットレスや座布団を作ってくれた時、ブリッドの小麦アレルギーと思われる症状を示す友達の話しを聞いたのだ。ブリッドの手芸仲間で、アメリアだか……。フェルトをアッフたちと作ってくれたお礼に、ブリッドにマットレスを進呈させてもらったのだ。


「エメリも凄く喜んでいて、藁を無くして板を張ってその上で寝ているんだって。これからの季節は、低い場所で寝ていると寒いし。それでね、エメリも呼んでいい? とても器用で、きっとこのパッチワークも手伝ってくれると思うの」


 そう言うと、満面の笑みでお礼を言ってくれ、早速パッチワークの普及にも貢献してくれると言うのだ。ブリッドには、パッチワークを覚えたら、ヒツジの毛を詰めた掛け布団を作って欲しいと思う。

 しかし、可愛い女の子の笑顔は癒しそのものです。


 ブリッドがご機嫌で帰って行くと、私にはアッフたちの催し物の準備を済ませることにした。器や匙が入っている棚を漁って、ちょうど良いコップを3つ見つけた。そして、アーベルに前から頼んでいた小さな麻袋を受け取って、ちょっと小細工して「タネ」を仕込んででき上がりだ。

 アッフたちにやってもらうのは手品だ。


 1つは、新聞紙に牛乳を入れて……というのを改良して、麻袋に牛乳を入れたのに漏れてこないし牛乳がどこかへ行ってしまったという手品。もう1つは、2つの箱がお互いの箱の中に入ってしまうというもの。そして、箱に入った人間がどこかへ消えてしまうもの、最後には、段ボールのかわりに麻布に蝋を塗って、木枠を作りきつく張り、後ろを叩くと中の煙が穴から飛び出すヤツだ。


 最大の問題は、これをどう見せるのかと言うことなのだ。

 まずは、アッフたちに見せて反応を見せたいのだが……さて、誰に協力してもらおうか……。


 で、白羽の矢をドスンと受けてしまったのは、ヨーンくんです。

 午後は、ヨーンくんと部屋に籠って手品の練習をしました。道具が結構重くて、部屋までアーベルに運んでもらったけど、好奇心旺盛のアーベルは見たくて仕方が無いと言っていたのだが、そこは敢えて遠慮してもらった。

 ヨーンくんには、本当に申し訳ないと思う。出逢ったばかりで、私とヨーンくんとは2人で言葉を交わしたこともないのに、面倒なことを頼んでいると思うのだが、ダニエルたちに近い体格は、ヨーンくんだけなのだ。


「でね、ここを足でちょっと押すと底が開くから、ゆっくりと降りてね」

「うん」

「その時に、音をたてたり、箱や机を揺らしたししないようにね」

「うん」


 私の説明に頷いてくれ、素直に言われた通りに動いてくれた。本人は何がしたいのかさっぱり解っていないのだろうけど……。

 ヨーンくんのお陰で、夜のご飯の後にアッフたちにお披露目ができそうである。

 アッフたちには、このマジックは受け入れられるだろうか、ちょっと心配だけど、驚かせることは出来そうだった。







 夕飯のチーズを中に入れて、トーマートソースで煮込んだハンバーグと、砂糖とバターで煮込んだニンジンのグラッセとハーブのドレッシングを添えたサラダ。そして、やっぱりプリンを作ったのだ。


「で、エルナは僕たちに何をさせるの?」

「みんな食べ終わったらね」


 玄関の近くに設置されている台座と机に、アッフたちは興味津々だった。食事を始める前から五月蝿いことこのうえない。


「そう言えばさ、僕達はいつやるの?」

「いつって?」

「だから、お祭りは3日あるんだから」

「ああ、催し物は最初の日の6番目の鐘の後半に決めてきたよ」


 ダニエルが、匙を口に運ぶのを止めた。ブロルが天井を見上げて、何かを思い出すように考え込む。ヨエルは、何やら指折り数え始める。


「ええ〜!」


 3人が何やら思い当たり叫んだのはほぼ同時だった。


「すげ〜! 大勢の人の前でやるのかよ」

「それって、劇の前じゃないか!」

「広場に一番人がいる時だよ!」


 肯定的なコメントはダニエルだけで、ブロルは少し青ざめた顔で、ヨエルは涙目でイヤイヤと首を振っている。ニルスは……プリンを食べながら、そんな3人を見ている。一人だけ何が起きているのか知らないという顔で……。


「いいじゃない、人が多い程盛り上がるでしょ?」

「そんな大勢の人の前で、つまんないことしたらずーっとその話をされることになるんだよ!」

「つまんなくないなら良いじゃない」

「その自信はどっからくるんだよ!」


 いや、自信はないんだけどね。驚かせることは十分にできると思っただけなのだ。

 この世界には手品やマジックという言葉はない。違う名称で呼ばれているのなら、それはそれでかまわないのだ。なぜなら、自然発生的に手品が存在しても、私がやろうとしている手品は、それよりもずーっと先を行っている手品だと思う。過去に編集したことのある『かんたんな手品&マジックのひみつ』と言う本を作る時に、いろいろと学んだのだ。

 早く言えば、手品はつい最近まで道ばたでテーブルの上で行われたカードやコップとボールなどを使った手品をするのが精一杯だったのだ。大掛かりな手品を行ったのは、時の権力者が自分を神聖化するために行われたわずかな物なのだ。人体切断や箱から人が消えるなどの大掛かりな手品は、舞台で手品をするようになるった近代になってからなのだ。


 どれを、どの順でやっていくのか、どんなセリフを言えば人を引きつけるのか……本当は、そっちの方が問題なんだよね。


 私とヨーンくんは、あらかじめ用意をしていた道具をそろえ、いよいよ皆に手品を見せることになった。最初は、私が行う麻袋と牛乳の手品だ。


「実は、私は魔法が使えます。それを皆さんにお見せします」


 まずは、麻袋が一枚の布であることを広げて見せる。


「これは、一枚の袋です。いつものは、ここにヒツジの毛を入れているもので、水なんかを入れてもこぼれてしまいます」


 左手で麻袋を持ち、二枚に畳んでその口に指を何本か入れて持つ。


「でも、この麻袋に私が呪文をかけると、水を入れられる麻袋になります」


 そう言って『アブラハダブラ』と何度か言い、右手に持ったコップを麻袋に入れてみせる。全て入った証しに、コップを見せると、『えっ?』という顔をしていた皆の表情は、さらに『ええっ?』てな表情になった。

 さらに麻袋に水が入っているように、袋の底をかなり持ち上げて揺さぶってみると、水がこぼれて跳ねた。


「さらに、この袋に呪文をかけます」


 『アブラハダブラ』と唱え終わり、もったいぶって二つ折りにして持っていた一辺を離すと、水はどこにも見えないし、濡れた形跡もないのだ。


「なっ、なに!」

「どうなってんの?」


 よし、最初の手品は驚いてくれたようだ。質問をしてくる前に、次の手品に移ってしまう。

 箱の中に入った箱の手品なのだが、これを行うのはヨーンくんだ。テーブルの前に立つと、少し戸惑いながら、打ち合わせしたセリフを語りはじめた。


「はじめまして、僕はヨーンといいます。今日、エルナに外の箱に布を張って、奇麗にしてと言われました」


 ヨーンくんは、目の前の2つの箱のうち、布を張った箱を指差した。1つの箱には、私とヨーンくんで木箱に布を張ったのだ。


「エルナは、もう1つを箱に入れてしまうから、もう1つには布を張らなくていいよと言っていました」


 ヨーンくんは、布の張っていない箱の蓋を取り、さらに語り続けた。


「でも、僕は間違って、中に入れる箱に布を張ってしまいました」


 布を張った箱を、もう1つの箱に入れて蓋をしてみせる。確かに、布を張った箱は木箱にすっぽりと入ってしまい、蓋もできてしまった。


「この外の箱に布を張るには、エルナからもらった布はなくなっちゃったし、どうしたらいいかわかりませんでした。どうしたらいいと思いますか?」


 ヨーンくんの言葉に、ダニエルが笑って答えてくれた。


「あははは、そりゃぁ、エルナに言って怒られろ!」

「ひどいよダニエル!」

「ダニエルもヨエルも……これは芝居だって……」


 素のリアクションのダニエルに非難するヨエルを、ブロルは冷静に突っ込む。


「それで僕は、お姉ちゃんに相談しました」


 そこで登場したのはベアタちゃん。モジモジしながら、テーブルの横に立って決められたセリフを言うのだが……声がちっさい!


「ヨーン、箱を外に出してちょうだい、お姉ちゃんが魔法をかけてあげるから」


 まぁ、家の一室なら声は聞こえるからいいけど、舞台ではダメだなぁ〜と思った。

 ヨーンくんは、言われた通りに箱を取り出し、ベアタちゃんはその箱に持っていた棒切れを当てると、『アブラハダブラ』と呪文を唱えた。


「おねえちゃん、全然小さくならないよ!」

「あっ、ごめんなさい、お姉ちゃんはこの箱がその箱に入る魔法をかけたの」

「でも、大きさが変わらないと、箱は入れられないよ」

「大丈夫、その布の張った箱にもう1つの箱を入れてみて」


 ダメダメだ……恐ろしいくらいの棒読みで……。それでもヨーンくんは怯まずに、布の張った箱の蓋をあけると、もう1つの木箱を入れる。


「お姉ちゃんすごい!」


 しかし、この棒読み合戦はどうにかなるのだろうか? ダニエルならなんとかしてくれそうだと思うけど、ヨエルやニルスは全く期待できないのではなだろうか……。

 みんなは、いちいち驚いてはくれるのだが、アーベルとかブロルは『なんで?』とその理由を追求してくる。ちょっと、いやな観客になりそうだ。少し手元がおぼつかなくなったり、扱いを間違えたりするとバレてしまうかもしれない。


 私は、ヨーンくんと入れ替わって四角い大きな箱をテーブルの上に持ち上げた。箱の底とテーブルが開くようになっていて、箱の中が消えるというお馴染みの手品なのだが、これはヨーンくんとの連携プレイになるので、なかなか難しい。


「それでは、この箱を見てください」


 そんなことを言って、蝶番を外して蓋を開けて傾けてみると、私の力では非力すぎて傾けることができなかった。箱は頑丈なものにしてもらった分、重さも半端ないのだ。


「……すいません……誰か手伝ってください」

「えっ?」

「重くて傾けられません……」

「……ぷっ……」


 最初に吹き出したのはアーベルだった。そして、スタスタと近くに寄って、箱を傾けるのを手伝ってくれた。


「なんだよ、最初から傾けられるような箱を使えばいいじゃないか」

「この大きさじゃないと困るの!」


 さんざん揶揄からかわれたが、気を取り直して手品を続ける。


「この箱は、不思議な世界へと通じています」

「なんだそりゃ」

「うるさい」


 ちゃかすダニエルは相変わらずだが、アーベルやブロルは真剣にこちらを伺っている。何が起きるのかと、期待に満ちた顔をしているのはヨエルとニルス、そして、ベアタちゃん所の兄弟だけだ。


「では、この箱にヨーンが入ります」

「ええ?」


 ちょっと心配そうなベアタちゃんが可愛い。

 そんなお姉ちゃんの心配もよそに、ヨーンくんがテーブルの上に乗ると、箱の中にまたいで入ってみせる。ちょっと乗り越えずらそうにしていたが、ヨーンくんより大きなアッフたちが入ってもいいようになっているので、そこはご愛嬌だ。

 ヨーンくんは、丸くなるように箱の中に入ると、すでに箱に開けてあった穴に、上手い具合に足をツッコンでテーブルの下に入ったのを横目に静に蓋を閉める。


「それでは、呪文を唱えます……アブダカタブラ……」


 テーブルの下から、ヨーンくんが私の足を触る。テーブルに開いていた穴を塞いだという合図を送って来た。私は蓋を開けて、斜めにする時に、少し浮かせた箱の下にあるフックを釘に引っ掛けて蓋を閉めた。さっきも、アーベルに手伝って箱を斜めにする時に、底にあるフックを外したのだが、少しヒヤヒヤしてしまった。

 まぁ、今回は箱を横倒しにするだけなので、アーベルの手伝いはいらない。一生懸命に箱を横にしたが、周囲の様子があまりにも静だったので、改めて周囲を見回してみた。

 みんなが固まっていた。

 ダニエルは椅子から立ちあがり、ヨエルは口を両手で隠している。ニルスの目はまん丸で、ブロルもアーベルも口を開けてフリーズしている。子供達ばかりでなく、レギンもアランさんも驚いているのだ。

 手品を見て驚くのは普通だと思うだろう。でも、この驚きは、驚きを越えて驚愕しているようなのだ。誰も口を開かないし、この間をどうしようかと思う位に長い間フリーズしていた。


 これは、驚きすぎだし、舞台でこの手品をやっても悪影響しかないと思えた。絶対に間違いがないとじかに理解した。何故ならば、ベアタちゃんが悲鳴を上げたのだ。


「ヨーン!!」


 箱に駆け寄ると、再び覗き込んだ。カミラちゃんは泣き出すし、テディくんは今にも泣きそうだ。


「お、落ち着いて」

「ヨーンはどこいったの!」


 パニックに近い騒ぎになってしまった……。

 本当は、再び箱の中から登場するという筋書きだったが、続行不可能なことになっていた。


「エルナ、ヨーンはどこだ」


 レギンの怖い声が聞こえた。なんと、30前の私が、16歳を怒らせたのだ。ちょっと嫌な汗が出た。


「待って、待って! 本当にヨーンくんを別の世界なんかに送ってないって」


 私がテーブルに掛けてあった布をめくり、ヨーンくんを引きずり出す。


「ヨーン!」


 ベアタちゃんは、ひっしとヨーンくんを抱きしめる。他の皆はほっと安堵の息が漏れた。

 え〜っと……私は皆が驚くことをしたつもりだが、皆の反応は驚愕だった。これは笑えない……。それに、ベアタちゃんにトラウマを植え付けたようで、とても罪悪感一杯だ。


 この世界の人々の純朴さを甘くみていた……。

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