フェルト工房と道具
レギンとアランさんとアーベルとで、明日からヒツジの毛刈りの話し合いの横で、私とアッフたち、そしてベアタちゃんたちと昼ご飯を食べた。今日のお昼は、ポテトサラダとやわらかいパン、そして、シチューにした。
子供の人口密度が高いので、とても喜ばれたのだ。大人には、シチューの中に入ってるヤケイのお肉を大盛りにしてみたりしたが、大人と子供のいる家の食事をちょっと考えないといけないな……。
ホワイトソースは、この世界でも子供が大好きなのが解ったので、グラタンとか考えたのだが、それではレギンとかアランさんには不満だろうと思える。特に、レギンは1キロくらいの肉を平気で完食してしまうのだから……。
「夜は何作ろうかな……」
「プリンだ!」
私の無意識の呟きに、ダニエルが間髪入れずに叫んだ。
「それはご飯じゃないよ」
「俺はカプロンのプリンなら、幾らでも食べられる」
とても気に入ってくれたのは嬉しいが、毎度毎度、プリンを要求されるのは面倒臭い。プリンって、この世界では結構手間がかかるんだよ。
でも、作れるメニューを増やすのは私にとって必要だ。この世界の人は、毎日同じようなメニューが続いても、それが当たり前の世界みたいだが、私にとっては不満なのだ。今のメニュー構成だと、6日のローテーションになってしまう。もう少し欲しいよ。
「僕は、トーマートソースがいいな」
「俺はシチューだな」
ヨエルの言葉に、ダニエルは最初に作ってあげたシチューがお気に入りだと言った。ヨエルはやっぱりトマトソースならぬトーマートソースが好きなようだ。
「僕は、ポテトサラダがいいな」
「……」
ブロフはマヨネーズが気に入っているようで、その中でもポテトサラダをチョイスしてきた。が、問題なのは寡黙なニルスがリクエストをするかと伺っていたのだが、それぞれの意見にコクコクと頷くだけなのだ。
「ニルスは何がいい?」
「……なんでも……」
あれ? この会話、どこかでしたような気がする。と、思っていると会話を終えたような間の後に発せられたニルスの言葉で思い出した。
「エルナのは何でもおいしい」
そうだ! この殺傷能力の高い言葉は以前にも聞いたものだった。その時と同じように、ニルスは少し照れたような顔で微笑んでいるのだ。
「ハ、ハンバーグに決定します」
「ハンバーグって?」
「ほら、お肉を細かくしてトーマートソースをかけたやつだよ!」
ブロルの質問に、ヨエルは良い笑顔で説明をしてくれる。
ちなみに、ハンバーグにしたのは、ニルスのセリフには何も関係ありません。
それにしても、アッフたちは、夕飯まで居座るつもりなのだろうかと、今になって気がついた。
昼ご飯が終わると、レギンたちは毛刈りの道具のメンテナンスをして、アッフたちはヨーンくんたちと一緒に遊んでいる。遊んでいる様子を見ていると、なかなかお兄ちゃんらしいことをしているのに気がついたのだ。
ヒツジやウシ、馬などの家畜が近ずいてこないように注意しているのは勿論、子供たちに、馬やウシは後ろから近づいちゃいけないとか、ヒツジは驚かせるとこちらに向かって皆で走ってくるから危ないとか。遊んでいるようで、ちゃんと理由を説明しているのだ。子供たちはそれぞれ学んでいるんだなぁと感心する。
ダニエルとヨエルは、子供たちの輪に入って一緒に遊んだ。うまいこと華を持たせてあげたり、現実の厳しさを教えたりしているのだ。片や、ニルスとブロルは、少し輪から離れた全体を見ているようだ。遊びに飽きた子供が、どこかへ行ってしまうのを素早く発見できている。
テグネールのアッフは、個性が強い集団だが、お互いの長所や短所を上手い事使い分けているようだ。
「アーベルいるか?」
入り口で突然の声に驚いたが、そこにはエルランド親方がいた。
「エルランド親方」
「ちょっと待ってください、アーベル呼んできます」
お金の清算があるので、アーベルの所に向かった。
そう言えば、出来たって……アッフ達の小道具だろうか、それともフェルト工房の品物だろうか? フェルト工房の道具は、ちょっと時間がかかると思うので、もしかしたら、アッフ達が使う道具を持って来てくれたのかもしれない。
フェルト工房のものは、座布団を同じ規格で作るために発注したものだ。深さ5センチの真四角の木箱で、下から底を押し上げると底板が抜ける仕組みになっているものだ。
アーベルに、ランナル親方が来たことを伝えて一緒に戻った。
「親方、もうできたの?」
アーベルの第一声は、私の疑問と同じものだった。
「いや、1つできたんで、これでいいか見てもらいたいんだ」
ランナル親方について行くと、門の前に荷車があった。それに積んでわざわざ持って来てくれたのだろう。
「これなんだが……」
「うわぁ、すごく立派だね」
最初に思ったのはかなり重厚に作られていること、そして、次に思ったのは……。
「おもっ!」
「やっぱり、重いか……」
「重いっ……けど……持てないほどじゃない」
「でも、これに水分を含んだフェルトが入るんだから、もっと重くなるんじゃないかな」
アーベルの指摘で、さらに重くなったものを想像すると、ちょっと子供では扱いにくい。
「これより薄くて、水に強い板ってありますか?」
「それはあるんだが、ちょっと値段がなぁ……」
「どれくらいしますか?」
「この35センチのものは、銀貨1枚と大銀貨5枚だが、これより薄いものだと銀貨2枚と大銀貨8枚にはなるな……」
「どれくらい薄くなって、どれくらい軽くなりますか」
「厚さは半分で、重さは……半分よりはちょっと重いかな」
「じゃぁ、この枠だけはその薄い材料で作って、底の板はこの木で作るのはできますか?」
「そうなると、その底の厚さ分だけ周りの枠が高くなるぞ」
「いいです、値段より使いやすさの方が重要だから」
「それなら、これは銀貨3枚で、もう1つの大きいものは銀貨7枚でどうだ?」
「それでお願いします」
私の即答に驚きながらも、エルランド親方はそれで了承してくれた。ついでに、底板を20枚追加で注文をした。
「それと、これも注文だったな」
「わぁ〜、奇麗に出来てる」
ランナル親方が、荷台から降ろしたのは私が抱えるには少し大きな蓋のついた木箱だ。これは、アッフたちがお祭りの催し物で使う小道具だった。これで、あとは自分でも作れる小物を作って、アッフたちの催し物の準備をして、教えるだけになった。
「そう言えば、お祭りまで後16日か……」
「えっ?」
カレンダーもないうえに、何だか忙しい日々を送っていると、明日の予定を考えるのがいっぱいで、6日後とか、10日後なんて考える余裕がないのだ。
ブリッドがやってきたのは、それからすぐだった。ご機嫌な足取りで、鼻歌を歌いながらスキップでもしそうな様子。エルランド親方を見送って、この後にアッフ達に催し物を何にするか話していた所だった。
「ブリッド、ご機嫌だね」
アーベルの声に、ブリッドはハッとした顔でこちらを見た。私たちの存在に気がついていなかったようだ。あっという間に真っ赤になって、「もう!」って怒ったように頬を膨らませた。
「パッチワークが上手くいった?」
「ええ、エルナが言った通り、どの色にするのかで随分と雰囲気が変わるの」
嬉しそうにそう言うと、持っていた籠の中に入っている布を少し持ち上げて見せてくれた。
3人で家の中に入ると、早速ブリッドは布を広げて私たちに見せてくれた。赤を基調にしたものと、青を基調にしたものの2種類だった。
私は大雑把に赤とピンクとか、近い色の配置を考えていたのだが、ブリッドが作ったものは赤でも布によって違う赤を使うなど、もっと細かい配色になっているのだ。
「凄いよ、あんな短い時間に!」
「あー、楽しかったわ」
「でも……これって……ブリッドだから出来たのかもしれない」
アーベルは考え込むように言った。それはそうだろう、私では絶対に無理だと断言できる。
「カバーのパッチワークは、色を決めた方がいいかもしれないね」
「どうして?」
「ブリッドのレベルで配色を考えてって言うの無理がないかな……」
「あっ……」
世の中、みんなブリッドみたいなセンスがあるわけじゃない。端切れを渡して、「はい、やって」は無理難題なのかもしれない。
「えーっと、ブリッド……ここにある端切れを全部切っちゃうから、配色を考えて36枚で1組にしてくれる?」
「それだったら、二色の配置にしちゃったらどうかしら?」
「赤とピンクだけとか、黄色とかオレンジだけとか?」
「そうすれば、誰でもできると思うの」
「そうだね、そうしたほうがいいよ。全く初めてのことなんだからさ」
「そうだね、アーベルが言ってくれないと気がつかなかったよ。ありがとう」
「本当は、みんな同じものの方がいいのかもしれないけどね……」
まぁ、既製品はすべて同じものの方が売れ残りなどの問題が無くていいのだ。わざわざパッチワークをする必要も無く、1枚の布で作ってしまってもよかったのだ。手間としてはその方が楽なんだけど、パッチワークにしたのは、馬車に揺られている途中で、暇つぶしの為に持ってきていた端切れがあったからだ。フェルトのむき出しの座布団を少しでも見栄えが良くなればと思ってしあたことだ。
ブリッドと私は、早速端切れを7センチ角に切り始め、アーベルもそれを手伝ってくれた。
リータさんとカロラさんがやってきた時には、まだ全部は切り終わってない状態だった。私とアーベルで切っている間、ブリッドにパッチワークを教えてもらった。
リータさんもカロラさんも、ブリッドの説明を真剣な顔で聞き入っていた。時々、質問をしてもいるのを見ると、とても真面目にやってくれそうに感じた。
だいたい説明が終わったので、私は端切れを切るのを一旦終了した。
「この2枚の3辺を縫い付けた状態が完成です。その状態で、持ってきていただければ、大銅貨1枚になります」
私の金額提示に、二人は驚いた顔をした。
「もし、家に端切れがあって、それで作ったものだと大銅貨1枚と銅貨5枚をお支払いいたします」
「家にあるものを使ってもいいのですか?」
「はい、ですので、これをお渡ししておきますね」
私は、今使っていた薄い木切れを渡した。
「これは、型ですので布の端からこれで切ると便利ですよ」
「この小さい方は、布の真ん中辺りに置いて、アイロンなんかでこの板を包むようにすると、縫う場所が解りやすいですよ」
ブリッドは、私の代わりにもう1つの板の説明をしてくれた。なんと、この世界にはアイロンがあるのだ。
でも、私が仕事で編集した本『今と昔、道具の歴史シリーズ 第4巻 衣類と靴の歴史』で、中世で使われていたものは、ヤカンみたいなものの中に墨を入れて使うものだった。この世界には、電気がないのでそんな感じの物だろうと想像している。
ブリッドがいてくれたお陰でパッチワークの説明も上手くいったし、村長が声をかけてくれたリータさんとカロラさんはとても真面目そうな人達だし、毛刈りが終わって屑扱いのヒツジの毛が手に入るころには、エルランド親方に作ってもらっている型が揃うと思う。
後は、アッフたちに催し物の小道具を作り、説明して教えることが残っているけど、私が考えた催し物は果たしてアッフたちがやってくれるだろうかと一抹の不安が残る。が、もう今更後には退けないのだ。
1つだけ自信を持って言えることは、ダニエルはきっと気に入るということだ。