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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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パッチワークの普及

 オロフさんとロビンさんに、オリアンでの端切れの扱いがどうなっているのか調べてもらうことにした。この世界でパッチワークという手法が広がる可能性が出て来た。それも、それぞれの家庭に端切れが有り余っていると言うのだ。


「エルナの言うパッチワークって、オリアンの宿の女将さんに売った座布団のカバーのことだよね」

「そうだよ」

「確か、カバーは大銅貨2枚だって言ってたよね」

「すごーい、アーベル覚えていたの?」

「そりゃぁ……でも、座布団の大銅貨8枚って言うのは見直さないといけないよね」

「どうして?」

「そりゃぁ、今までは屑のヒツジの毛を只同然で手に入れていたけど、足りなくなるんじゃないかな。そうすると、普通に売られているヒツジの毛を手に入れないといけないじゃないか」

「えーっと……普通にヒツジの毛を買って作るつもりで値段を設定したんだけど……」

「ええ?」

「だって、私が値段設定した時に、レギンに『この桶いっぱいのヒツジの毛は幾ら?』って聞いたと思うんだけど……」

「あ……」


 そうです、私は普通に売られているヒツジの毛の値段で設定をしていました。なので、儲けは大きいのだけど、「新しいもの」というプレミア代として考えて欲しいのだ。その説明をすると、アーベルは理解してくれた。でも、「プレミア代」というのは通じないので、「新しいものを自慢する代金」とさせてもらったけど。


「パッチワークを広めたいなら、ブリッドが適任だよ」

「ブリッドは、裁縫とか好きだって言ってたね」

「ブリッドはね、裁縫が上手くて子供達にも教えているんだよ」

「子供たちって、どれくらい小さい子なの? ブリッドだってアーベルと変わらない歳でしょう?」

「ブリッドは、エルナの歳にはもうセーターとか靴下なんかを編んでたよ」

「すごーい!」


 いやぁ、手芸好きだなぁとは思っていたけど、子供に教えるまでの腕だとは……。それに、子供に教えるなんて、なんて忍耐強いのだろうか。ダニエルのお姉さんに取得できるスキルなのかもしれない。


「ブリッドに、お願いしてみようかな……」

「そうだね、ブリッドには同じように裁縫好きの友達もいるしね」

「おお……」


 ブリッドは、料理もお母さんの代わりに作るし、裁縫も上手だとしたら、かなり女子力が高いのではないだろうか。いや、あのフェルトの犬を瞬く間に覚えてしまったのだ、高いに決まっている。ブリッドには、フェルト普及委員会の委員長になってもらおうと思ったが、パッチワークやフェルトでの小物を作ってもらった方が良いのではないかと思い始めた。

 フェルトの座布団やマットレスは、便利性を考えると普及しやすいが、パッチワークやフェルトの小物は無くても生活には問題ない。だからこそ、ブリッドの裁縫の腕を利用したい。


 オロフさんの雑貨屋を北に向かって歩いていたので、アーベルに賛同してブリッドに聞いてみようと言うことになった。村長さんの自宅は、広場の南側、水路の近くにある。

 アーベルの話しでは、結婚によって家を出るダーヴィッド村長に、ミケーレさんは張り切って家作りを手伝ったらしいのだ。その張り切りの成果が、ここらへんでは見られないような、それはもう大きな家になったのだと言う。だから、ダーヴィッド村長さんの家は、かなり遠くからでも目立つのだ。当のダーヴィッドさんとアーダさんは、善意なので苦笑いをするしかなかったと言う話だ。


 この世界の婚姻は、女性が男性の家に入ることが前提だが、婿を迎えることもある。そして、その家を継ぐのは嫡子で、それ以外は結婚を期に家を出るのだそうだ。家を建てるのは、男性の役割で、家の中のものを整えるのは女性の役割らしい。

 テグネールでは、家を作るときは《禁忌の森》の木々を伐採して、村人で作るのだ。その時、村人には日当みたいなものを出すらしいのだ。それに、村人に手伝いをしてもらうのは、休みの日だけらしいから、かなり時間がかかるのかと思っていたら、普通の日は、嫁を迎える家の者たちで進める上に、家そのものはそんなに手間のかからない作りなので、二ヶ月はかからないらしいのだ。


「アーベルです、いますか?」


 村長さんの家のドアを開けて声をかけると、二階から「は〜い」と言うブリッドの声が聞こえて来て、階段を降りて来た。

 ブリッドは、私を見るとぱぁっと笑顔を輝かせて、走り寄って来た。何だかテンションが高くて、こちらは引いてしまったのだが、それには気づいてくれなくて。私の腕をがしっと掴むと、引っ張られて歩くはめになった。勿論、私はアーベルの袖を掴むことは忘れてない。


「エルナ、私の作ったフェルトを見て!」


 連れて来られたのは、二階にあるブリッドの部屋だった。テーブルの上には、ヒツジの毛が散乱して、布の切れ端や糸などが所狭しと置いてある。

 壁には、刺繍をほどこした大きな壁掛けや、作っている途中の洋服や、椅子の上には毛糸や編み掛けのものが籠に入って置かれている。

 この部屋を見ると、ブリッドの生活は手芸や裁縫が中心の生活を送っているのが良くわかる。


「これを見て」


 ブリッドが持って来た小さな木箱には、丁寧に並べられたフェルトの犬たちが、お座りをしてこちらを見上げていた。


「かっ、かわいい〜」

「どうかな、上手くできたと思うんだけど……」

「いやいや、上手くできたなんてものじゃないよ、すごく可愛くできているよ」

「猫とかも作ってみたいんだけど……なかなか上手くできなくって……」

「これ、お祭りで売るもの?」

「ええ、エメルと作ってこれだけできたの」

「これ全部売るの?」

「そう、これだけ売ろうと思うの」

「みんな顔が少しずつ違って、楽しいね」

「何だか売ってしまうのは勿体なくって……」

「そうだねぇ〜」


 木箱に並べられて、お座りをして見上げているフェルトの犬たちの可愛さに、知らず知らずに溜め息が出る。しかし、見本を見て、私が一度作っただけなのに、ブリッドは本当に手先が器用だ。私自身、手先の器用さにはいささか自信はあるのだが、これほどの根気は私には無い。


「ブリッドにお願いしたいことがあるんだけど……」

「私に?」

「パッチワークでカバーを作って欲しいの」


 私がそう言っても、パッチワークという言葉自体は無いのだから、ブリッドには皆目検討がつかないのだろう。

 アーベルが、オロフさんのところで買った布を見せる。


「どうしたの、そんなにいっぱい」

「パッチワークをするのに買って来たんだよ」


 ブリッドは、顔を輝かせて机を手際良く片付けると、アーベルはそこに布を置いた。


「でも……これは随分と短い布なのね」

「オロフさんのところで、売れ残った布を買って来たの」

「……そうよね……これじゃぁ、シャツは作れないし……でも、下着は作れるかな?」


 いくつか手にとって、ブリッドは首を傾げるばかりだ。これでは何も作れないと思っているのだろう。まぁ、だからオロフさんの所で売れ残っていたのだが……。

 私は、パッチワークの説明をした。フェルト製品は、10センチを単位で製品にするので、パッチワーク1枚の布は縫い代含めて7センチ平方の布を縫い合わせるつもりだ。オリアンの女将さんに売ったものは、12センチ平方の布を縫い合わせたのは、単純に時間が無かったからだ。


「一番重要なのは、色の配置なの」

「色の配置……」

「赤とかピンクの系統の色と、黄色とかオレンジの系統の色、青と水色の系統の色とかにまず分けて……」


 布切れを分けてみせて、それから色々と組み合わせてみせる。でも、大きい布で並べてみても、実感が湧かないのか、反応がいまいちだった。やっぱり、最初から7センチ平方の布を並べてみせる方がいいのだろう。


「ブリット、これを7センチの四角に切ってくれる?」

「7センチね」


 ブリッドは、布の角から7センチのところをヘラでこすって跡をつけている。こりゃぁ、時間がかかるなぁ〜と思いながら、取りあえず4色を2枚づつ切り取ってくれた。

 そして、私は赤、ピンク、オレンジ、黄色の布を隣あわないように配置してみせる。


「こんな感じで、1センチの縫い代で隣同士の布を縦横6枚づつ縫って行くの。それを2枚作ってカバーにするの」

「何となくわかったわ。でも、これって裏はどうするの?」

「そのままでいいカバーなんだよ」

「そうなんだ……」

「これを、沢山作りたいんだけど、ブリッドにも手伝ってほしいの。手の空いている時でいいよ」

「ちなみに、これを2枚作って、大銅貨1枚ね」


 アーベルが、値段交渉を始めるのだが、ブリッドは貰い過ぎだと言う。


「私は、裁縫なんかが好きだから、やるのは楽しい」

「それは解るよ。でもね、これは女性の冬の仕事にしたいんだ。だから、ちゃんと値段を決めたいから、ブリッドもちゃんと賃金は受け取ってくれないと困るんだよ」

「そうなの?」

「リータさんの旦那さんって、随分と寝込んでいるだろ?」

「あぁ、そうだってね……それで、お仕事か……」

「後は子供が多い家とか、カロラさんの所は、旦那さんが仕事で怪我したりしているだろ」

「ふぅ〜ん……そう言う家にも仕事をしてもらおうってこと?」

「そうすれば、減った収入の分が補えるだろ?」

「そっか!」

「だから、ブリットにこのパッチワークをみんなに教えて欲しいんだよ」

「解った、それくらいなら大丈夫」


 ブリッドに端切れを渡して、取りあえずいくつか作ってもらい、お昼に来てもらうことになった。でも、7センチ角に切るのが面倒そうだったので、帰りに寄り道してエルランド親方に、7センチと5センチの薄い板きれを10セットその場で作ってもらった。

 この板を布の上に置けば、7センチ角に何枚も切るのがずーっと楽になると思った。我ながら、良い案だと思ったのだが、この世界では型紙も板らしいのだ。考えることは、時代も地域も、別世界でも同じなのだと思った。







 家に戻ると、レギンがアーベルを待っていたようで家の中にいた。普段のレギンは、ご飯の時と寝る時、そして話し合いがある時以外は、太陽が出ている間は殆んど外にいる。勿論、仕事をしているのだし、手があくと、家の手入れや柵の修理、時には馬に乗ったり剣を振っていたりもする。


「アーベル、明日からそろそろ毛を刈るぞ」

「明日からだね」

「ええ〜、冬を前に毛を刈ってしまうの? 寒くないの?」

「何言っているんだよ、冬までには生え揃うから大丈夫なんだよ」

「そうなの?」

「エルナって、何を知っていて何を知らないのか、全然想像できないよ……」

「まって、ヒツジは年、何回毛刈りをするの?」

「2回だよ」


 アーベルに大きな溜め息をつかれてしまった。

 このヒツジたちは、一見、私のいた世界のヒツジに良く似ているが、やはり全く違うようだ。それとも、私が知らないだけで、年に2回の毛刈りができるヒツジがいるのだろうか?

 まぁ、年に2回の毛刈りが可能なら、ごみ屑扱いの毛も年2回手に入るのだ。

 ビバ! この世界のヒツジたち。


「ゴミ屑のヒツジの毛がまた手に入るね」

「そうだね……ここら辺のヒツジを飼っている家に声を掛けておこうかな」

「ええーっと……ヘルゲさんと……」

「ケネトさんね」

「ケネトさん……覚えた」

「近在でヒツジを飼っているのは、もう少し先に行くとあるから、毛刈りが終わる頃に荷馬車で回ってみようよ」

「おぉ……それはいい案だね」


 積極的なアーベルは、フェルト工房の件に関わることが楽しいと言っていたのは、本当のことのようだ。これで、フェルト工房の工房長……この世界では親方になるんだけどね。

 アーベルに親方ってイメージじゃないよ。

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