ヒーロー
アーベルと私は、村長さんに相談しに行くつもりだった。
が、村役場になっている建物に村長さんはいなくて、「木工工房や鍛冶工房に顔を出しています」と書かれたA4サイズの板がドアに掛けてあった。
なので、私たちは村の案内を先に終わらせてしまうつもりで進んだ。メインストリートが終わると、広場が見えて来て、流れている水路で女の人たちが食器を洗ったり、洗濯をしながらおしゃべりをしていた。これは、万国共通……異世界でも共通の『井戸端会議』ですね。
井戸端会議中でも、アーベルが挨拶をすると奥様方はこぞって挨拶をしてくれる。ついでにベアタちゃんたちの紹介をして、顔を覚えてもらう。でも、主な話題はミケーレさんのことだった。
「ミケーレさん、生きていたんだってね!」
「はい、手紙が来ました!」
「よかったねぇ〜、エイナちゃんも無事だって言うんだからさぁ」
(いや、無事じゃないって、誘拐されてるんだよ?)
「セー神のご加護があったんだね」
(誘拐は大したことじゃない? 私の認識は違うの?)
周囲をキョロキョロしても、やはり、みんなは無事だったと喜ぶばかりなのだ。一体、ミケーレさんとはどんな人なのだろうか。娘が誘拐されて、絶対に取り戻せる人って……想像できる許容が越えていて私には解らない。
「あのー、エルナちゃん」
「はい?」
エイナの誘拐について、心配する顔や、他の意見を持っている人がいないか辺りを見回していると、見覚えのある女性が声をかけてきた。
(ええーっと……、昨日尋ねて来てくれたリータさんだ!)
「おはようございます、リータさん」
「おはようございます、エルナちゃん」
リータさんは、にっこり笑った。
フェルトを作るお手伝いを申し出てくれた女性だ。昨日は緊張していたのか、始終、真面目で真剣な面持ちだった。だから、今日の笑顔を見て、すぐには思い出せなかったのだ。
「あの……仕事はいつから……」
ああ、そうだよね。すぐにでも仕事をしたいんだよね。
「今は、注文している木枠がまだ出来上がってないので、フェルトを作る作業ができません。でも、作ったフェルトのカバーを先に作るのには問題が無いので、最初は、お家でカバーを作る仕事をして欲しいんです」
まだフェルトは作れないと言うと、少し残念そうに、眉を下げたのだが、今できる仕事があることに、表情はもとの笑顔に戻った。しかし、旦那さんが長患いをしているのであれば、長期で雇うことを考えなければならない。
「旦那さんは、どんな仕事をしていたの?」
「えっ?」
「今、旦那さんは仕事ができないでしょ? 麦や野菜を作っているなら、リータさんも少しは仕事があるんですか?」
「うちは、畑をしています」
「これからの季節は、その仕事は忙しくない?」
「はい、麦を少し蒔くだけです」
「じゃぁ、これからの仕事にはとてもいいですね」
「はい」
そうだよなぁ〜、冬は暇だってアーベルも言っていたし、そんな時にお金にできる仕事は欲しいと思うだろうな。それに、リータさんの家は農家だから閑散期には収入が見込めないし、旦那さんが長患いしていると言うことは、畑からの収穫も減っているはずだ。
「今日の真上過ぎ頃に、家に来てくれますか?」
「はい」
「リータさんのお家はカロラさんの家に近いですか?」
「えっ? まぁ、それほど離れてはいないですけど」
「もし、カロラさんに会ったら、声をかけてみてくれませんか? 今は忙しいのであれば、無理はしなくていいですよって伝えてください」
「わかりました、では、真上過ぎに行きますね」
「手が離せないようなら、子供を連れてきてもいいですよ」
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうに、リータさんは洗い終わった鍋とともに去っていた。
「よかったね、エルナ」
「えっ?」
いつの間にか近づいて様子を伺っていたのだろう、アーベルも嬉しそうに笑っていた。
「村人に喜んで欲しいって言っていたじゃないか。早くも、1人は喜んでいるみたいだよ」
「うん!」
「何かさ、面白いことになってきたなぁ〜」
「ええ〜、面白い?」
「面白いよ、新しいことをどんどん大きくして、それを村のみんなに役立てるようにするには、どうしたらいいのかとか……考えるのは面白いよ」
「ふぅーん……アーベルは、村長さんに向いているかもね」
「えっ?」
「だって、アーベルが言っていたことは、村長さんとか町長さんとかが考えることだよね」
「ええ〜!」
アーベルは驚いているようだが、細かいところも良く見ているし、頭も良いし、真ん中の子だけに、調停役も堂に入っている。
そんなことを、頭の中で思っているのだが、そう言えば、アーベルが何かになりたいのか聞いたことはなかった。レギンは、騎士になろうとしていたらしいし、ヨエルも騎士になりたいと言っていた。だとしたら、アーベルは何になりたいのだろうか?
「アーベル、またダニエルが揉めてるみたい……」
急に上がったヨエルの声に、ヨエルを見ると広場の方を指差していた。ダニエルは、広場の北側で、数人の子供とともに、何やら騒いでいるのが見えた。
ブロルとニルスは、すでにダニエルのもとに行くために、歩いて行く。
「やれやれ……」
アーベルはそうぼやくと、ダニエルの所に向かうつもりだろうか、歩き始める。私もそれに続いた。
ダニエルたちは、取っ組み合いには至って無いが、何やら言い争っている。と言うか、数人の子供がダニエルに喚いている……と言うか、食って掛かっている感じだ。
「どうして、お前にそんなこと言われなきゃならないんだよ!」
「お前は、関係ないじゃないか」
主に、ダニエルに文句を言っている子供は3人だ。それ以外でちょっとまだ小さい子供2人が、なんとなくダニエルの後ろに隠れている。あとの子たちは、オロオロしている感じ。
「関係なくはねぇよ。俺が言わなくったって、誰かに知られたら、俺と同じことを言うに決まってる」
「そんなの解らないじゃないか!」
「解るさ」
もの凄い剣幕の子供3人を相手に、ダニエルは意外と冷静に話しをしている。
私の中のダニエルは、こんな場合は、即取っ組み合いの喧嘩に突入する。でも、現実は違った。
「俺達はそうやって、レギンやヴァルテルたちに遊んでもらっていたんだ。自分はそうやってもらっていたのに、お前らは、自分の番になったらやらないって、誰が聞いてもおかしいだろう」
そうはっきりダニエルが主張しているのを聞き終わると、アーベルは声をかけた。
「お前たち、何を揉めているんだ」
「アーベル……」
「……」
ダニエルは、アーベルを見ることなく、目の前の子供達の返事を待っているように、強い眼で睨んでいた。それとは正反対に、喚いていた子供たちは、アーベルの登場にすっかり大人しくなってしまった。自分たちに非があることは、最初から解っていたようだ。
「チェッ、お前ら行くぞ」
1人の子供が舌打ちをしてそう言うと、ダニエルに背中を向けて歩き始める。ダニエルの後ろにいた小さい子供たちは、そのままダニエルのズボンを掴んでいる。その他の子は、どうしようかと迷っていたが、結経、去ろうとしている子供達に着いて行くことにしたようだ。
ダニエルは、その後ろ姿を睨み続けている。
「何があったんだよ」
「どうせ、イクセルが子供をめんどくさがって仲間はずれにしようとしたんだろ」
アーベルの問いには、ダニエルの代わりにブロルが答えた。
ああ……小さい子と一緒に遊ぶのは面倒なのは解るけどね。なるほど、ダニエルが言っていた文句の意味がやっとわかった。
ダニエルたちが小さい頃には、レギンたちが一緒に遊んでくれたように、自分が大きくなったら、さらに小さい子の面倒を見ろと言うことなのか。
私が感心していると、突然、近くで子供が泣き出した。そして、視界の隅にいたダニエルが唐突に視界から消えたのだ。
何が起きているのかと思えば、先ほど去っていった子供のうち、一人が転んで泣いているのだ。で、ダニエルと言えば……。
「ダニエル!」
アーベルが叫んでダニエルを追いかけたが、追いついた時にはもう、ダニエルは1人の子供につかみかかり、地面に叩き付けていた。そして、アーベルの手を払いのけて、地面に転がる子供に馬乗りになると殴りつけたのだ。
慌てて私もアーベルの後を追ったが、泣いている子を立ち上がらせて、慰めることに徹した。私、男兄弟がいないので、取っ組み合いの喧嘩とか苦手です……。
「ダニエルやめろ!」
アーベルがダニエルの襟首を掴み、二人を引き離した。割と大人しく引き下がったダニエルだが、相手の子の気はおさまらない。
「何するんだ!」
「八つ当たりで、自分より弱いヤツに当たるな!」
「ちょっと、小突いただけだろう!」
いや、小突いちゃダメでしょ? と思っているのは私だけではないだろう。
「弱いものに八つ当たりするなんて、恥ずかしい……」
ブロルの言葉に、ダニエルを睨んでいた目をブロルに向ける。でも、ブロルは、肩をすくめて、馬鹿にしたような冷たい視線を向けるだけだった。
「大丈夫?」
私は、とりあえず転んだ子供に怪我はないか調べて、ズボンの土を払ったりした。ニルスも手伝ってくれて、涙を拭いたりしてくれた。小突かれた子供は、私と同い年くらいだ。そりゃぁ、弱い者虐めと言われても仕方ない。
ダニエルに殴られた子供は、転ばせた子を置いてとっとと行ってしまう。で、気がつくと、子供の数が増えた。
ダニエルに殴られたのは、イクセルと言う子で、なかなかの問題児みたいで良くダニエルと喧嘩をするらしい。まぁ、ダニエルが負けることは無いらしいのだが……。
そーそー、前に名前を聞いたことがあると思ったら、オーセのことが好きで、意地悪をしているのを止めさせようとして、ヨエルたちはお祭りの道具を壊した事件を思い出した。
「ダニエル、お前もう飛びかかったりするなよ」
「あいつが、弱い者虐めをしなかったら、俺だって飛びかかったりしない!」
「そうじゃないだろ〜」
アーベルは大きな溜め息をついた。
「イクセルが悪いんだから、殴るのはいいけどさ……飛びかかったら、頭を強く打ったりするかもしれないってことを言ってるんだよ、アーベルは」
「いや、ブロル違うって」
「……殺すのは良くない」
「ニルス、物騒なことは言わないでくれよ……」
「アーベルだって、ダニエルを心配して言ってるんだよ、イクセルのことなんて何にも言ってないじゃないか」
「ヨエル……」
本音と建前があることを知っているアーベルには、アッフたちの本音には敵わないのである。でも、『暴力は良くない』とは、誰も言わないのだと驚いた。
珍しく眉間を押さえて、言う言葉が見つからないアーベルと言う珍しいものを見ながら、私はあの広場で拾った子供が、カミラちゃんと同じくらいの歳なので、荷台から落ちないように目を光らせる。
しかし、ダニエルが子供たちのヒーローだって、誰かが言っていたのを聞いたのを思い出し、その現場を目の当たりにすると、ダニエルのくせにちょっと格好いいじゃん! と思ったのは、ダニエルには黙っておこう。