荷馬車に子供を積んで
私は、前の世界では一人暮らしをしていた。家族も両親と妹の4人家族だ。この世界に来て、レギンとアーベル、ヨエルとの生活では違和感は無かったのだが、今はちょっと驚いている。
朝、いつものように起き、服を着て身支度をすませ、朝食の準備をするのが習慣になっている。時間差で二階から降りて来るレギンたちに、「おはよう」と言って、特に変わったことがなければ、それぞれが朝の仕事をし始めるのだ。
が、私がご飯の支度をしようとしている所に、ベアタちゃんがお手伝いにやってきた。それに伴って、ヨーンくんたちもお姉ちゃんについてやって来て、アランさんも今日の仕事の指示を受けに顔を出した。
もの凄く、子供率が高いのです。
自分を含めて、大人は1人しかいないのに、レギンとアーベルは置いといて、子供は6人もいるのです。もう、その風景だけで、癒されてしまった。しばし、その様を眺めていると、ヨエルが怪訝な顔で尋ねた。
「エルナ、何をぼーっと突っ立っているの?」
「だって、子供がいっぱい……」
「エルナだって子供じゃないか」
「大人はアランさんだけじゃない」
「……だから?」
いや、感覚の問題なので、説明をしても無理です。
「ヨエルは、今日もニルスたちと遊ぶの?」
「今日は、ヨーンに村を案内するつもり」
「ええ〜、カミラちゃんも連れていくの?」
「そうだよ」
「カミラちゃんが疲れちゃったらどうすの?」
「大丈夫だよ、おんぶするから」
「無理無理無理」
「大丈夫だよ」
「アーベル、荷車使ってもいい?」
ヨエルにいくら言ってもダメなので、強制的に荷車を持って行かせるつもりで、アーベルに了解を取ろうと声をかける。
「いいけど、どうしたの?」
「ヨエルが、みんなを連れて村を案内するって言うの」
「ええ?」
「途中でカミラちゃんやテディちゃんが疲れちゃうから」
「そっか……じゃぁ、僕達も一緒に、ベアタちゃんにも村を案内するかな……エルナも行くだろう?」
「えっ?」
「村長に話しがあるしさ」
「急に行って大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!」
毎日思うのだが、のんびりした雰囲気のこの村で、何故か私だけ次々とやることが積み上がって行くのは何故?
朝の一仕事を終えて、皆で朝食を食べて、再び仕事に向かう各々だった。
レギンとアランさんはヒツジ達の世話と、ウマの蹄鉄を代える仕事をすると言う。私たちは、子供たち7人で、荷車を引いて買い出しと村の案内に出発した。最初から荷台に乗せられたカミラちゃんとテディくんのテンションが高い! お兄さん気分のヨエルが荷車を引くと言って頑張っているので、こっそりアーベルが後ろから押しているのは内緒だ。
普段は何かとおとなしいヨエルなのだが、ここの所随分とはりきっているのだ。人力で引く小型の荷車なのだが、それを率先して曳くなんて思ってもみなかったよ。
カミラちゃんは、荷台の側面に乗り出すように手をついて、足をバタバタさせながら、何やら鼻歌を唄い出すしまつ。当然私の知らない曲だが、本人はのりのりだし、テディくんもふんふんと唄い出している。
カミラちゃんは、終始鼻歌で通すのかと思いきや、歌の山場と思われる場所で、唄い出すのだった。
「お、ぱ、きゃどんす、お、ぱ、きゃどんす、お、ぱ、お、ぱ、お、ぱ〜」
ん? なんかさっきまで知らなかったメロディーが、歌を聞いた瞬間に、記憶の中で何かに引っかかった。どこかで聞いたことがあるような気がして来たのだ。なおかつ、そんなフレーズが最後まで続いたのだ。
喉まで出懸かっているのに、気持ち悪い!
「ご機嫌ね、カミラは」
ベアタちゃんは、笑った。
カミラちゃんはご機嫌になると、この歌を良く唄うのだと教えてくれた。この歌は、ベアタちゃんたちのお母さんが良く唄ってくれていたそうだ。カミラちゃんがまだ赤ちゃんの頃に、お母さんが亡くなったので、兄弟が唄っているのを聞いて覚えたのだろうとベアタちゃんは言っていた。
「でも、歌の意味がわからないなぁ〜」
異世界からぽっと出の私には、解らなことがあるのは納得しているが、今の歌の歌詞が解らないと言うアーベルに驚いた。私にも、単語には聞こえなかった。まぁ、『ビビデバビデブー』とか『セサミ・オープン』みたいな呪文みたいに聞こえたのだ。
でも、アーベルにも解らないということは、ベアタちゃんが聞きかじりで覚えたのか、それともアーベルの知らない言語なのか?
「私たちも知らなんです」
「知らないの〜、それで唄えちゃうんだ。あははは」
ヨエルは笑いながらカミラを振り返った。
「とても古い歌だそうです、アルヴィース様が残した歌だとも、魔法の歌とも言われているって、母さんは言ってました」
アルヴィース様が関係しているってことは、私の世界のどこかの言語なのだろうか? 英語が壊滅的にできない私に、他言語が聞き分けられるとは思えない。メロディーに聞き覚えがあったのは納得できた。
みんなで、メインストリートを目指して歩いていると、途中で後ろからニルスが合流してきて、お互いの紹介の為に少し立ち止まり、再び、歩き始める。
メインストリートに到着して、野菜を売っているお店? 倉庫? を紹介していると、ブロルが登場し、再び、歩みを止めることとなった。
「ダニエルはどうしたの?」
「えっ、ヨエルの所に行かなかったの?」
「来てないよ」
ダニエルがヨエルの所に来る予定だったのかと思いきや、別にどこに集まるとかの約束はしていなかったそうだ。それじゃぁ、そんなにすんなり合流できないだろうと思っていると、ダニエルのことはどうでも良いのか、お店の場所や、どんなものを売っているかの説明が始まってしまった。
えーっと……ダニエルはいいんですか?
なんて、思っているのは私だけのようで、取りあえずメインストリートを進んだ。まぁ、狭い村なので、ダニエルがどこにいようと、解るのではないだろうか。
ダニエル放置の主な原因は、ヨエルだ。ヨエルは、喜々としてお店紹介をしているのだ。
「ここがパン屋さんだよ。でも、エルナもパンは作れるから、買うことはないよね」
「そんなことないよ、マッツさんの所でも柔らかいパンを売っているんだから、足りなくなったらマッツさんの所から買うもん」
「そうだよなぁ〜、この前は、たまたまパンを習いに来た人がいたから大量のパンがあったけど、家でお客さんを招待をすることになったら、大変だもんなぁ」
そんな、お店の前でするような話しではないのに、遠慮なく話す私とアーベルの前に、突然、店からマッツさんが飛び出して来た。
「お嬢ちゃん、このパンを食べてみてくれ!」
手に持っていたパンを突きつけられたのだ。そのパンは私が作るパンと同じ位の大きさで、表面に何やらつぶつぶが見えた。もしかしたら、ナッツ類を入れてみたのだろうかと想像しながら、パンを受け取った。
「祭りで売るパンを作ってみたんだが……」
「これは、あの柔らかいパンですか?」
「生地を練る途中で、木の実を入れてみたんだ」
私は、パンを二つに分けてみた。中よりも外側の方に木の実たちが寄っているが、直に火に晒される木の実からは、香ばしい匂いがするし中の木の実は多分、入れたそのままの姿だと思われた。
一口齧ると、確かに木の実の匂いが口から鼻に抜けた。木の実の味は、胡桃の味に似ていた。
「とても美味しいです」
「そうか……」
ほっとした様に、力が抜けて行くマッツさん。
気がつくと、みんなの視線が私の持つパンに注がれているのだ。
「え〜っと……みんなも一口食べて、感想を教えてくれる?」
私がパンをちぎって配ると、それぞれがパクリと口に入れる。
「おいち〜!」
「普通のパンの木の実より、小さくなっているのがいいね」
「だろぅ? この柔らかさにあう木の実の大きさを見つけるのが大変だったよ」
「これって、どれくらいの原価分の木の実が入っているの?」
「そうだなぁ〜、普通のパンよりはずっと少なくてすんでいるからなぁ……」
カミラちゃんが可愛く『おいち〜!』などと言っているのに、ブロルとマッツさんは原価計算や、プレミア料金の話しへと進めて行くのだ。
「でも、マッツさんも大変だね、前の木の実入りのパンは作らないの?」
「作らないさ、売れないものを作るわけないじゃないか」
「え?」
「数日にして、売れるパンの比率がすっかり入れ替わってしまっただろ? 前のパンで作っていた木の実の入っているのもなんかも、一緒に売れなくなったよ」
「す、すいません!」
なんと、前のパンは根こそぎ売れなくなっているらしいのだ。マッツさんは、酵母の購入をもう2つ追加してくれたが、マッツさんの所でそんな大変になっているとは知らなかったのだ。
「マッツさんの所のパンって、売れなくなったの?」
「いや……まぁ、高いパンが売れるようになったんだから、売り上げ自体はそんなには変わらないとは思うんだが……」
「じゃぁ、代わりにいくつか教えます!」
「えっ?」
「マッツさんのパン屋が無くなったら困ります!」
私は、ホウレンソウのような葉もの野菜を茹でて、すりつぶしてパンに入れる方法と、パンの中に四角く切ったチーズを入れて焼くパンを教えた。
「面白そうだな、それ!」
「あと、ウォルテゥルも柔らかく茹でて潰して混ぜると、ウォルテゥルの色のパンができます」
「なるほど……他の野菜でもできそうだな」
「できると思いますけど、野菜類は、すり潰してペーストにできるものは、生地に入れる方法がありますけど、ポテトとかカプロンは、小さく切って、パンに入れる方がいいかもしれません」
「なるほど……」
「ポテトの時は、味気ないので、ベーコンを同じ大きさに切って一緒に炒めて、それを入れるといいと思いますよ」
それができれば、立派なお惣菜パンだ。できれば、パンを平たく伸ばして、中にポテトとベーコンを入れて包み込むようにパンを閉じると良いとも教えておいた。
マッツさんは、興奮したような顔をして、パン屋に戻って行った。これで、マッツさんのパン屋さんは安泰だと、胸を撫で下ろした。私の作ったパンで、人が大変な思いをするのなら、みんなに美味しいものを食べさせる意味も無くなってしまう気がするのだ。
私たちは、マッツさんが立ち去ると、そのままメインストリートを進んだ。