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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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《禁忌の森》初心者への注意事項

 夕飯は、豚肉を生姜で炒めたもので、オリアンで購入した醤油が大活躍だった。スープは野菜たっぷりで、塩味のもの。そして、ポテトサラダを付けた。


 生姜焼きは、匂いが未知のものだったアランさんにとっては、恐る恐る一口目を食べたと言う感じだ。でも、子供達は何も知らないので、美味しそうな匂いの料理にすぐに飛びついた。それに、ポテトサラダは子供たちには大人気だった。


 日中、テディくんとカミラちゃんの面倒をみてくれたヨエルは、後で合流したアッフたちと村の中を探検に連れて行ってくれたらしく、今ではヨエルは『お兄ちゃん』認定されている。


 レギンは、村長とお役人に父親のことを知らせるべく、オリアンに向かう村人に手紙を託したり、あの《禁忌の森》で見つかった男の様子を見に行ったり、来月の頭にあるお祭りのことをあれこれ決めたり、支度月にする《禁忌の森》討伐計画をしたりと、いろいろと大変だったらしい。そのうえ、村人に会うたびに、ミケーレさんの様子を聞かれたり、涙を流して「よかったね」と言ってくれる人にどうして良いのかオロオロしたらしい。


 アーベルは、アランさんに自分の家のやり方を話したり、家を案内したり、アランさんが家からもってきた荷物を運ぶのを手伝ったと言った。


 でも、本当に重要なことは、夕飯が済んだ後にすることになった。それは、《禁忌の森》についての注意点の話しである。

 特に、アランさんにはまだ幼い子がいるのだから、厳重に注意をしないといけないと、レギンは村長さんに言われたらしいのだ。


「で、アランさんに、この村で生活する為に、是非とも知っておいてほしいことがあります」

「はい……」

「この村の成り立ちは知っていますか?」

「はい、アレクシス様が魔獣を一掃して、この森に閉じ込め、それが出て来ることのないように、ここに村を作ったと聞いています」

「今では、魔獣に襲われ人が死ぬことはなくなりましたが、それは、村と《禁忌の森》の間に壁を作ったことと、少しずつ森を伐採して、魔獣が住む場所を村から遠ざけたからなんです」

「はい……」

「でも、うちの敷地は壁が無い所の方が多いです。この敷地には、壁の代わりに掘りがあるので、魔獣が入って来ることは無いのですが、家の敷地より東の街道沿いは、道の近くまで森が迫っているし、そこで旅人が襲われることもあります」

「……この敷地は安全と言うことですか?」

「完全に安心な場所ではないです。ですから、父が帰ってきたら、もしかしたら、アランさんは、村の中心の方へ引っ越した方がいいのか話し合うと思います。今は、なるべく敷地の東側には近づかないように注意してください」

「テディとカミラは……」

「テディとカミラは、僕達が面倒を見るよ」


 すぐさまヨエルがそう名乗りを上げる。

 おお、お兄ちゃんぶってるな。


「だっ、大丈夫ですか?」

「ヨエルには、他に4人の友達がいるので、大丈夫です」


 そうアーベルは言うが、何人だろうと子供は子供だろ? と私とアランさんは思っていたのだが、アーベルは意外なことを言うのだ。


「4人がいれば、魔獣は怖くないですよ」

「そうなの?」


 私の方が素っ頓狂な声を出してしまった。


「あれ、エルナは知らないの? ダニエルなんか、1人で《禁忌の森》に入っても大丈夫なくらい強いよ」

「……魔獣って……ちょろい?」


 私は、アーベルの言葉を素直にはとれなかった。つい、ダニエルに倒せる程度のものだと思ってしまったのだ。が、アーベルは笑いながら言ったセリフは、私とアランさんを震えあがらせた。


「魔獣は強いに決まってるじゃないか、3年前に街道沿いで行商人の一団が襲われて、生き残った人は1人しかいなかったよ」


 ダニエル……凄いんだ……。


「だから、ベアタちゃんとヨーンくんには、くれぐれも《禁忌の森》には近づかないように伝えてください。テディくんとカミラちゃんは、外に行く時には、ヨエルたちを必ずつけますので」


 生唾を飲み込んだアランさんは、何度もコクコクと頷いていた。


 《禁忌の森》への注意事項はいろいろあった。いや、魔獣についての注意事項か?

 まず、魔獣は襲ってこないかぎりは、普通の動物に見えるらしい。が、一度、襲う態勢に入ると、恐ろしく大きな牙を剥いたり、鋭い爪が伸びたりするらしいのだ。その姿は、普通の肉食動物が牙を剥く程度のものではないらしい。

 そして、そうなると、体が強ばって動けなくなったり、恐怖心を煽られたりと、魔法をかけられたようになるらしい。故に、魔獣と呼ばれるのだと。


 そう言えば、前に兎のように可愛い動物に見えるのに、人の足だけ食べると言う魔獣の話しを聞いたことを思い出した。


 本当に、謎だらけの森だ。魔獣も謎なのだが……。


 アーベルは、《禁忌の森》の魔獣について、いろいろな魔獣の話しをしてくれた。勿論、注意すべき魔獣の姿形や特徴を話してくれたのだ。

 が、ここで、長らく謎であったことが、ついに判明したのだ。


「鳥の魔獣とかはいないので、壁や塀や柵、堀が有効な防御になるんだけど、一種類だけ、それをものともしない魔獣がいるので、特に注意です」

「ものともしない?」

「壁でも、柵でもよじ登るし、堀も飛び越えちゃうんだよ」

「何それ……」


 よじ登るって言うと、手を使うんだよね。手を使う動物って、アライグマとか……チンパンジーとか……猿! 猿なのか!!


「サルの魔獣版と言うのかな、アッフって言って」

「ぶーっ!」


 アーベルの説明の途中だが、遠慮なく吹かせてもらいました。アッフって、猿のことだったと解った瞬間だった。

 テグネールのアッフって、テグネールの猿ってことじゃない! やっぱり、あいつらは猿なんだ!!

 心の絶叫はともかく、笑いを隠すことは不可能だった。お腹がよじれるんじゃないかと思うほど、苦しかった。机をばんばん叩く私は、アランさんを戸惑わせるだけだった。


 私の抱腹絶倒に、話しの腰をおりまくったが、アランさんに《禁忌の森》への注意は終了したのだ。















「私、ダニエル見て、最初に小猿みたいだなって思ってたから、アッフが猿の魔獣版て聞いて、思わず吹いちゃったよ」

「ああ、アッフってエルナは見たことないんだっけ?」

「うん、名前だけは唯一覚えているけどね」


 私が死ぬ程笑った原因をアーベルに説明しながら、今後のことを決めるために、アランさんが南の家に戻って行った後もテーブルに残った。

 何を決めるのかと言うと、フェルトの工房のことだ。今日の昼にカロラさんとリータさんという2人の女性が訪れた。前日に、フェルトを作れる人を探しているという村長の声かけで、尋ねて来てくれたそうだ。


 カロラさんの家では、旦那さんが木工工房の職人なのだが、工房で木材の運搬の時に足の骨を折ってしまい、今は、親方の温情で給料も貰えているらしい。が、カロラさんと旦那さんは、それでは申し訳無いと思っていたそうだ。子供はまだ小さいが、同居している旦那さんのお母さんがいるから、働けると言っていた。

 リータさんは、かなり気の毒で、旦那さんは長い間、働くことができずに寝たきりなのだそうだ。子供も10歳と7歳と5歳の子がいるので、働くのはちょっと不安だと言うのだ。


「リータさんの家の子供は、一番上の子を雇って、他の子供の面倒を見てもらうのはどうかな?」

「学校の間はどうする?」

「できれば、人を雇いたいと思っているよ。子供が好きで、子供の面倒を見てくれる女性」

「でも、家の手伝いとかあると思うんだけどなぁ〜」

「そうだね、時間は短くていいと思うし、例えば、2人確保できれば、1日を2つに分けることもできるし」

「まぁ、村長に相談だね」


 いずれは、保育所みたいな場所を作って、ブリッドくらいの歳の子とか専門で働いてくれる女性を確保したいと思っている。そうすれば、畑仕事で子供を気にしながら働かなくてもいいし、普通の村の人も利用できると便利だと思った。


「ああ、それからさぁ、兄さんが言っていたけど、フェルトを作る場所はどうするつもりなの?」

「う〜ん……今はまだ外でもいいけど、これから寒くなると困るよね」

「兄さんは、それ用の小屋を作るかって言っていたけど……」

「ええ〜!」

「だって、エルナのお金はまだまだあるんだからさ、本格的にやるなら、ちゃんと建てた方がいいよ」

「う〜ん……」


 アーベルは、本格的にしたいみたいだが、まだオリアンの町長の追加注文だけなのだ、ちょっと様子を見たいと思うのだが。

 それに、この牧場はヒツジのえさ場なのだ。あんまり減らすわけにはいかないので、できれば、どこか別の場所に作れるのなら、それがいいと思うのだけど。


「あのね、アーベル、ちょっと考えていることがあるんだけど……。この敷地の東側の《禁忌の森》を伐採して、そこに工房を建てたいんだけど」

「《禁忌の森》を?」

「ほら、あの街道でミケーレさんたちが魔獣に襲われて……って言っていたでしょ? 今日聞いた話でもあの道で行商人さんたちが襲われて亡くなったって言うし……。街道と森が近いのが原因だと思うの。だったら伐採して、もっと森を後退させて、壁を築けばそんな事件は起こらないんじゃないかなって……」

「まぁ……そうなんだよね……。じゃぁ、村長に相談して、今年の討伐の場所にどうか聞いてみるよ」

「でも、討伐って、村人総出でやるんでしょ? 自分の利益で意見を言っていいのかな?」

「そうだね、でも、その話しはもともとあったし、フェルトの工房の話しだって、村の人に利益になるんだから、提案だけでもしてみない?」

「するのはいいけど……」


 まぁ、アーベルがそう言うのなら任せてみようと思う。でも、私は、ちゃんと人手を雇って《禁忌の森》を伐採し、土地を買って、作業場を作りたいと思っているのだ。

 村人と上手くやっていくには、やっぱり、自分でできることは自分でしないとダメだと思うのだ。

 だから、もう少しお金を貯めたいのだと、私が言うと、アーベルは吹き出した。


「何言ってるんだよ、エルナはもう、それだけのお金を持っているじゃないか」


 なんですと!


 アーベルの計算によると、私がパンの製法及びマットレスや座布団を売って得たお金を、半分、レギンの家に入れ、そして、村長に提案した水路の修繕費用を引いても、土地を購入して、人を雇って家を建てる費用が捻出できると言うのだ。


 《禁忌の森》の土地は、自分で伐採して切り開く分には無料らしい。その上、伐採した木がそのまま建物の材料として使用して良いらしいので、材料費も殆んどいらない。人件費さえあれば、私の提案する工房は、すぐにでもできるらしいのだ。


「それに、もうすぐ閑散期に入るから、村人たちもお金を得られるなら、喜んでくれると思うよ。だって、普段より収入が増えるんだし、これから冬の支度にいろいろとお金がかかるだろ? 余分にお金があれば、食料も、お酒も衣類もちょっと贅沢できるしね」

「すぐやろう!」


 ここの物価ってどうなっているのだろうか。物価については、まだまだ勉強不足のようだ。

 でも、村人に臨時収入が入るのなら、冬になる前にフェルトの工房を作るのはこちらとしても願ったり叶ったりだ。明日は、村長にいろいろ相談することにして、今日の会議は終わりとなった。

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