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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第6章 テグネール村 4
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帰る人、やって来た人

 翌朝、早速アランさんたちはベアタちゃんとヨーンくんと3人で、ヒツジの世話をしはじめた。

 一気に5人もの家族が増えた。お陰で、朝食からして13人前の量を作らなければならなくなった。まぁ、人手はプロたちがいるので、今は助かるけどね。


 バルロブさんたち4人は、今日で一度オリアンに帰る予定である。「一度」と言うのは、バルロブさんは、今度は「お貴族様の鼻をあかす」計画を実行した後、もう一度戻ってくると言い出したのだ。まだ、学び足りないようだ。

 パン屋の娘さん、ロリさんは、戻って一人で作ってみて何か問題があったら聞きに来るそうだ。

 バルタサール様の所の料理人見習いのエーミルさんは、昨夜の晩餐にいたく感心して、バルタサール様にお願いして戻って来たいと言っていた。


 そして、困ったちゃんラーシュさんだ。

 しかし、私は、朝になってラーシュさんの顔を見るまで、昨日の問題を完全に忘れ去っていた。彼は、小娘に教えを請うなど我慢ならなかったのか、酵母菌作成の段階で飛び出してしまったのだ。

 バルロブは、自分に任せろと言っていたが、どうなったのか知らない。


 そして、そのラーシュさんを始め、4人が目の前に勢揃いをしていた。昨日の酵母菌の出来映えを確認する為だ。


「まずは、ラーシュからエルナ様にお話があるそうです」


 なっ、なに? と身構えた時、昨日の出来事を思い出しましたよ。


「昨日は、失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」


 声は少し小さいが、自棄やけで言っているわけでもなく、言い捨てるような言い方でもなかった。でも、しょげ返っているわけでもなかったので、どう反応しようかと思った。


「今日、改めてパンの作り方を教えてください」


 ラーシュさんがそう言うと深く頭を下げた。一体、何があったのだろうかと思うが、年上の、それも元王宮の料理人がいさめたのが、かなり効いているのかもしれない。


「反省も謝罪も必要ないですよ、作り方を覚える、覚えないも本人の意思ですから」


 私がそう言うと、少し困った顔をしたが頷いた。


「では、昨日作った酵母菌がちゃんとできているか確認しましょう」


 昨日、それぞれが作った酵母菌は、まぁまぁ上手くいったようだった。ラーシュさんの酵母菌は、昨日は作ることが出来なかったので、改めておさらいも兼ねてもう一度酵母菌の作り方を教えた。

 各々が酵母菌を使って、パンを焼いてもらったが、これもなかなかの出来映えだった。


 そして、パンを焼いている横で、バルロブさんに手伝ってもらいながら朝食の支度をした。みんなは、こちらの方に興味があるのか、やたらと手伝いたがったので、思い通りにさせることにしたのだけど……。


「エルナ様、何故、卵をこれほどにかき混ぜるのですか?」

「それは、卵を焼いたときにふっくらするからです」

「そうなのですか?」

「そうなのですよ」

「ヤケイの肉に塩を刷りこむと、塩辛くなりませんか?」

「それくらいの量だと、その心配はないです」

「この塩を刷りこむのは、味漬けなのでしょうか?」

「ヤケイのお肉を調理前に塩を刷り込むと、やわらかくなるのです」

「そうなのですか!」


 ラーシェさんとエミールさん、時々、バルロブさんの質問で料理を作っている間は、しゃべり通しだったよ。

 それでも、ようやく朝食を作り終えられたのは、皆さんがいてくれたからですよ〜。


 ラーシェさんの問題が何だったかのか知ったのは、皆で朝ご飯を食べている時だった。


「俺は、厄介払いをされたんです……」


 ラーシェさんはそう言った。

 でも、マティアス様は、大枚をはたいてまで柔らかいパンを食べたいと思っているのだ。それなのに、厄介払いするような人を寄越すのだろうかと疑問に思った。


「どうして、そう思うの?」

「俺、マティアス様のお客様に料理をまかされたのですが……」

「お客様が随分と料理を残されたようなのです」


 黙り込むラーシュさんの代わりに、バルロブさんが説明してくれた。

 お客様に出した料理が、随分と残されて戻されたそうなのだ。普通なら、お腹が空いてなかったのかな? って終わるところだが、マティアス様の執事が言うには、料理を楽しみにしているとのことだったので、料理長はラーシェさんが出した料理をお客様の意にそぐわなかったと判断したらしい。


「楽しみにしていたのに、残したのなら、それは食べたいものではなかったと言うことなのかなぁ」

「そうだと思います」


 すると、黙ってご飯を食べていたヨエルが、ぽつりと言った。


「何が食べたかったのか、聞けばよかったのに……」

「それができましたら宜しかったのでしょうが……」


 バルロブさんは、ヨエルを微笑ましく見つめながらそう言った。まぁ、本人に聞けないのかもしれないけど、お付きの人とかには聞けなかったのかなぁ〜と思う。

 マティアス様のお客様と言うとこは、同じ貴族だろうし、そうなると、一般の料理人が話しかけて良いとは思えない。


「そのお客様に話しは聞けないとしても、お付きの人はいなかったの? 例えば、御者の人とか、ラーシェさんが話しかけやすい人は?」

「御者にですか?」

「だって、料理を楽しみにしていたんでしょ? だったら、どこかでつぶやいていたかもしれないじゃない。行きの馬車の中とかで」

「!」

「誰がどんな情報を持っているか、解らないでしょ? それに、何を望んでいたかと言うことは解らないのかもしれないけど、そのお客様の好むものとか、嫌いなものなんかを聞くのも必要じゃないのかな……」

「そっ、そうですね。私も宮廷に居た時は、そのような情報を調べてくる者がおりました。今は、町長殿がお教えくださいます」

「料理はおもてなしでしょ、だったら、相手が望むものを食べさせるのが、一番なんじゃないかな。ほら、料理の好みは人それぞれだし……」


 私にとっては何気ないバルロブさんとの会話だったけど、ラーシェさんにとっては何か思うところがあったのか、それ以降は黙ったままだった。


 太陽が真上を過ぎ、昼食も食べ終わった頃、4人はオリアンに戻って行った。

 バルロブさんは、帰って来る気満々だったけど……。それに最後には、ラーシェさんも戻って、もう一度料理を学びたいと言っていた。












 4人を見送った後、アランさん親子の為に、アーベルと一緒に南の家の点検をした。まぁ、あの4人が泊まって問題が無かったのだから、今更点検の必要はないと思ったのだが、一応念のためと言うことだ。


「それにしても、一体、アーベルのお父さんに何があったのかな?」

「エイナがさらわれたって言うんだから、あの馬車が見つかった場所にあった血痕は、その悪いヤツらのものだったんだろうなぁ。俺たちは、てっきり魔獣に襲われたと思ったよ」

「あんな所にいきなり人さらいなんか登場するの? そんな事件って良く起こるの?」

「まさか! そんな話し聞いたこと無いよ。だから、僕たちは魔獣の仕業って思ってたんだから」

「だよね……。早く帰ってくるといいね」

「一応、村長もお役人に話して、父さんたちを探してもらうように頼むつもりらしいよ」

「そっか……でも、もどかしいね」

「そうだね……場所が解れば、すぐにでも手助けに行きたいよ……」


 アーベルはそう言うが、それはレギンも同じの様だ。でも、ミケーレさんは、自分が行く場所、目指している方向など、ヒントになりそうなことすら書いてくれていない。

 きっと、知ればレギンとアーベルを巻き込むと思ったからではないだろうか?


「待つだけって、もどかしいよ」

「そうだね……でも、ミケーレさんが帰った時、いつもの通りの方が安心するから、やっぱり、アーベルはいつもの通り生活した方がいいんだよ」

「そうなんだけど……」

「あはは、人の心はままならないね」

「なんだよ〜、エルナは人ごとだな」


 そうは言われても人ごとなのだ。誤解が無いように言っておくが、レギンたちの父親と妹が無事とは言えないことに巻き込まれているらしいが、それでも、死んでいなかったのは本当によかったと思っているのだ。


「それより、人攫ひとさらいを追いかけているミケーレさんは、1人で大丈夫なの?」

「そりゃぁ、王都の騎士団が相手ってわけじゃないんだから、1人で大丈夫だと思うよ」

「そっ、そんなに強い人なの?」

「俺、父さんが誰かに剣で負けている所は見たことないよ」

「この村で一番強いってこと?」

「少なくても、この領地では一番だよ」


 アーベルは、ちょっと誇らしそうに言った。が、私にとっては、この領地で一番強いことが、どれほどのものなのか解らないのだ。でも、ミケーレさんの事態を知っても、この村の人たちは誰も心配していないし、昨日やって来て、ミケーレさんの無事を知った村人の誰一人として、そのことを心配するようすは見られなかった。それどころか、「ミケーレの娘に手を出すなんて、なんて命知らずな」と言う村人は、その後にぶるっと身を震わせたのだ。


「そう言えば、アランさんたちはどう?」

「もう、完璧だよ! そりゃぁそうだよね、僕より長い間、動物の世話をして来た人だからね」

「この建物を家に使ってもらうのはいいとして、ご飯は北の家でするんでしょ?」

「うーん、聞いてみるよ」


 アーベルが、ここでの生活をどうするのかアランさんに色々と聞いている間、私とベアタちゃんでヒツジを厩舎の入れる仕事をした。

 そーそー、あのベルでヒツジが間違いなく戻って来るということが無事に立証されたので、今ではアーベルも敷地をかけずり回らず、ベルを鳴らして、ボーとグンにお任せしている。

 それをアランさんに言うと、随分と驚いた顔をされた。でも、やっぱり懐疑的な表情になるのだ。


「じゃぁ、今日は私がやりますので」


 そう言って、私は大きくベルを鳴らす。


 カランカランカラン。


 辺りにベルの音が響くと、遠くでボーとグンが吠える声が聞こえて来る。近場にいたヒツジたちが、自主的にこちらに向かって歩いて来る。

 アランさんの表情が、先ほどよりさらに驚いたような表情になった。ヨーンくんは、ぱーっと顔を輝かせて、歩いて来るヒツジを見つめていた。


「少し間を置いて、何度かベルを鳴らします。やってきたヒツジを所定のしきりに入れてください。入れる場所は、親子は離さないことと、耳に赤いリボンがついているのは、結構気が荒いので、1匹で入れてください」

「なるほど……こうやってリボンをつけておくと、目印として便利だなぁ」

「もうすぐしたら、仔ヒツジが生まれてくるので、親子でお揃いのリボンをつけるつもりなんです」

「なるほど……」


 厩舎にヒツジたちを入れ終わると、アーベルがアランさんに、この敷地の案内をしてくれる。私はベアタちゃんに夕餉の支度を手伝ってもらうことになった。


「今日は、簡単なメニューにしようと思うの」

「私、昨日食べたスープが美味しくて、びっくりしました!」

「でしょ? あれは、ビアンやクレフタやアルメハをいっぱい使ったの」

「生まれてはじめて、あんなに美味しいスープを食べました」


 最初の一口目の驚きと、幸福感を思い出しているのか、その時の表情を再現してくれている。まぁ、本人は気がついていないと思うけど。


「そう言えば、ベアタちゃんがみんなのご飯を作っていたの?」

「はい、それでもスープとパンとチーズだけです」

「そっか……じゃぁ、ここで覚えたら、ベアタちゃんも家族に美味しいものを作ってあげられるね」

「はい!」


 ベアタちゃんは、料理について上達したいと言う意識があるのは助かった。


 料理をしながら、ベアタちゃんが語るのは兄弟のことばかりだったのに、微笑まずにはいられなかった。長男のヨーンくんは臆病らしく、馬が怖いらしい。次男のテディくんはおっとりしていて、歩くのも遅いし、食べるのも遅いので世話が大変だと言っていた。末っ子で次女のカミラちゃんは、人見知りをしない子で、好奇心一杯で、興味のあることを見つけると、ビュンっと走っていってしまうらしい。今はまだそれほど足取りがしっかりしていない幼女なので、すぐに捕まえることができるが、これから大きくなったらどうなるのか心配だと言っていた。

 お姉さんと言うより、お母さんだよね、それ。


「テグネールは小さな村だけど、ベアタちゃんがいた村はどんな所なの?」

「えっ……ここって、小さい村なんですか?」

「えっ?」


 どうやら、テグネール村はベアタちゃんにとっては大きな村らしい。話しを聞けば、ベアタちゃんの村は村としてカウントして良いのか、ちょっと怪しい感じだった。

 ワインの産地からワインを王都に運んでいた昔の街道は、左右が森に囲まれている。早く言えば、森のど真ん中に道を作ったという感じらしい。その森の所々に家々が立ち並び、そこらへん一帯を「村」と呼んでいるらしいのだ。だから、遊び相手も話し相手も家族以外にはいないのだ。

 そりゃぁ、テグネールの村が大きく見えるはずだわ。

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